西側諸国に対する強硬的な姿勢を崩さないプーチン大統領。しかしロシアの大都市部で暮らす人たちのライフスタイルはすっかり西側化しつつあるという。

 ここでは、ロシアの軍事・安全保障を専門とする、東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠さんが「ロシアはどんな国であるのか」をまとめた『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』より一部を抜粋。ロシアの住居を取り巻く環境について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む

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豊さの弊害 ロシアを苦しめるゴミ問題

 近年、ロシアで社会問題になっているのがゴミです。捨てるほど消費財がなかったソ連時代には、ゴミはそう問題にはなりませんでした。食べ物も消耗品も全部大事に使っていたからです。しかも土地が広大なので、全部郊外に捨てておけば、それで問題ありませんでした。

 ところがソ連崩壊後、消費文化が花開くようになると、途端にゴミ問題がロシア社会にのしかかってきました。

 私も実際に住んでみて驚いたのですが、ロシアにはゴミを分別するという発想がない。生ゴミもペットボトルも、みんな団地の中のコンテナに放り込んでおけば一緒に持っていってくれます。ある意味では便利なのですが、これがみんな焼却処分されることなく郊外のゴミ捨て場に積み上げられていくわけですから、当然悪臭が出ます。

 ここに拍車をかけたのが、プーチン時代の住宅ブームです。郊外の森を切り開いてニュータウンが続々と建設されたのですが、近くにゴミ捨て場があったりすると大変です。

 もちろん、公的に設置されたゴミ捨て場は住宅地からある程度離れているのですが、増え続けるゴミに対応して出現した「闇ゴミ捨て場」の数は公営の20倍ほどもあるともいわれます。こういうところは近隣住民への配慮などしませんから、一日中悪臭と隣り合わせで暮らさねばなりません。もちろん衛生面の問題もあります。

 ゴミ問題をめぐって何度も大きなデモが起きていて、プーチン大統領が毎年行っている、国民との電話による直接対話でもゴミ問題が出るようになっています。そこでロシア政府はゴミ処理に関する法整備を行い、地域ごとにゴミ処理工場を建設しようとしているのですが、根本的解決には至っていないようです。

 ロシアのゴミ排出量は年間7000万トンにも及ぶとされる一方、ちゃんと処理されているのは1割くらいだといいます。また、一部の自治体ではゴミの分別収集を行うようになっているものの、長年「まとめてポイ」に馴染んできたロシア人にその習慣を根付かせるには時間がかかるでしょう。

 ちょうど1970年代に日本で起きた公害問題が、ロシアで起きている状態です。2016年に当時の安倍内閣が、ロシアに経済協力8項目を提示し、その中に「ゴミ焼却処理技術の提供」を盛り込んだのは、こうした状況に目をつけたものでした。

 さらに安倍内閣は、北方領土で行うとされた「共同経済活動」にもゴミ処理工場の建設を盛り込んでおり、ゴミ問題が北方領土交渉における切り札の一つと目されていたことがわかります。

 ただ、現実には安倍政権の北方領土交渉がうまくいかなかったことは周知のとおりです。ゴミ処理での協力は現地の住民や行政当局には有難いものだったでしょうが、国家間の関係を大きく動かすには至りませんでした。