2022年のウクライナ侵攻以降、ロシアは他国からの非難を浴び、厳しい経済制裁を受けている。それでも引き下がらないプーチン大統領は、一体どのような思惑で動いているのだろうか。
ここでは、ロシアの軍事・安全保障を専門とする、東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠さんが「ロシアはどんな国であるのか」をまとめた『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』より一部を抜粋。ロシアと中国・インドの関係から、プーチンの国際政治における大きな「盲点」を探る。(全2回の2回目/前編を読む)
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深まる中国との関係
ロシアが目指すポスト・ポスト冷戦秩序の中で独特の存在感を持つのが中国です。
冷戦期には激しく対立した中ソですが、1989年には国交正常化を達成し、2000年代には4000キロメートルに及ぶ国境問題も解決して、現在では最重要のパートナー国という位置付けになっています。貿易額でもドイツを抜いて最大の取引相手になっていますし、ウクライナとの戦争で西側から孤立する状況下ではなおさらでしょう。
ただし、中ロ関係の実態は非常に複雑です。かつては「中ロが実は仲が悪い論」が幅を利かせており、何かのきっかけで両国が再び対立関係になるのではないかという期待が繰り返し語られました。ところが中ロの関係が強まり、合同軍事演習や爆撃機の合同パトロールまで行われるようになると、今度は「中ロ一枚岩論」が登場し、両国がウクライナと台湾に同時侵攻するのでは、などとの懸念もまことしやかに語られたのは記憶に新しいところです。
中ロ関係についての評価がこうも極端から極端に振れるのは、前述したロシアの同盟観があまり理解されていないためではないでしょうか。つまり、同盟になったからには一枚岩だ、あるいは一枚岩になれていないということは実は仲が悪いのだ、と西側の国からは見えてしまうわけです。
しかし、国家間の関係性というのは、もっと曖昧な場合もあります。協力できるところでは協力するけれども、同時に利害対立も抱えており、あるいは都合が悪くなったらあっさり見捨てる。NATOとか日米同盟のような「カチッ」とした関係性はむしろ少数派で、こういう変幻自在の関係性の中で生きている国のほうがむしろ多数派なのではないでしょうか。
これを中ロ関係にあてはめてみましょう。アメリカ中心のポスト冷戦秩序を解体したいという点では中ロの利害は一致している。強権的なリーダーを中心とする政治体制を擁護するという点でも気が合う。
中国の中央アジア進出はあまり面白くないが、現地の権威主義体制を転覆したり、軍事同盟を広げることなく投資をしてくれるので否定はしない。台湾やウクライナの問題には互いに踏み込みたくない。天然ガスや石油を買ってくれるのはありがたいが売値交渉となると激しく火花を散らす……こんな関係性です。
これを、前述したカーネギー財団モスクワ・センターのトレーニン所長は「協商(アンタンタ)」と呼んでいます。同盟ではないが重要な友好国、というくらいのニュアンスでしょうか。