真に警戒すべきは、原油高、ウクライナ侵攻ではない。東京大学大学院教授の渡辺努氏による「狂乱物価『悪夢のシナリオ』」を一部公開します。(「文藝春秋」2022年6月号より))
◆◆◆
「オイルショック」以来の狂乱物価?
昨年後半から、ガソリンや食品を中心に、値上げラッシュが日本で起きていることは、皆さんも実感しているでしょう。
商品やサービス価格が継続して上がっていく状態をインフレ(インフレーション)といいます。日本はまだそこまでいっていませんが、世界各国ではインフレが起きています。
3月のアメリカの物価上昇率は前年比8.5%。ドイツは7.6%。英国も7%と、どれも歴史的に高い伸び率で、そこへロシアのウクライナ侵攻の影響も加わり、物価上昇に拍車がかかっている状況です。
このまま値上げラッシュが続けば、日本でも海外のような大幅なインフレが起きるのではないか……。そんな不安を抱かれる読者の皆さんも少なくないと思います。
またウクライナ侵攻をみて、1974年の第4次中東戦争によるオイルショックと、前年比で23%も物価が上昇した「狂乱物価」を思い起こした方もいるかもしれません。
そこで物価の研究を専門とする立場から、今後、考えられるシナリオを検討していきたいと思います。
私は17年間の日本銀行勤務を経て、現在は大学で経済学を研究しています。クレジットカードの購買記録やスーパーのPOSデータを利用して、リアルタイムで物価を観察する新たな物価指数や、消費動向の分析モデルを開発してきました。
「急性インフレ」と「慢性デフレ」の二十苦
これから紹介するシナリオも実際の物価の動きを踏まえたものですが、まずは現状認識からはじめましょう。600品目のモノ・サービスの価格について昨年2月と今年2月を比較したところ、2つの事実が読み取れます。
ひとつは、ガソリンや電力などエネルギー関連の価格が、20%を超す勢いで上がっていること。これは海外発のインフレが国境を越えて侵入しているからです。これを「急性インフレ」と呼ぶことにします。