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 近年では2008年のケースが参考になります。このときも穀物価格が上昇した影響で、年初から物価が上昇しました。ところが同年7月のプラス2.3%をピークに縮小し、翌年1月にはゼロ%になっています。約1年かけて、値上げが飲みこまれたのです。

 輸入物価の上昇分は、かなりの部分を企業が吸収して、残りは小幅な値上げ、ステルス値上げ(分量を減らした実質的な値上げ)という形で消費者が負担する。この痛み分けのような形で、海外発の急性インフレが吸収される。これが私の想定しているシナリオです。

円安は不安要因

 輸入している原材料費などのコストが高くなっているのに、企業が値上げせず価格を据え置くのは、日本の消費者の間に根強い「値上げ嫌い」があるからです。

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 日本の消費者は、いつもの店で、いつもの商品が値上げされていた場合は、別の店へ足を運びます。他ではこれまでと同じ値段で売っているだろうと予想するからです。これを専門用語では「消費者のインフレ予想が低い」と表現します。

 値上げ嫌いの背景にあるのは、読者の皆さんが想像するとおり、多くの企業で給与が上がっていないからです。だから消費者は値上げには耐えられないし、企業は客離れが怖くて価格を据え置かざるをえない。

 この値上げ嫌い、据え置き慣行をもたらす「慢性デフレ」は、経済にとって大きなマイナスです。

 19年もの長きにわたってアメリカの金融政策をつかさどり、「マエストロ(巨匠)」と賞賛されたFED(連邦準備制度)の元議長グリーンスパンは、こう言いました。

「デフレが社会に定着すると、少しの値上げでも顧客が逃げてしまうのではと企業は恐れるようになり、原価が上昇しても企業は価格に転嫁できない状況になる。これが価格支配力の喪失で、そうした企業は前に進む活力を失ってしまう」

かつて「慢性デフレ」に警鐘を鳴らしたアラン・グリーンスパン元FRB議長(Wikipediaより)

 しかし、急性インフレに襲われている現在であれば、消費者の根強い値上げ嫌いと、それに呼応する企業の価格据え置き慣行は、物価上昇を阻止し、インフレを回避する方向に働く公算が強いのです。

 とはいえ油断はできません。さらに物価が押し上げられることで、前述のシナリオが崩れてしまう可能性があるからです。

 さらなる物価上昇の材料の一つがいま進行している急激な円安です。

渡辺努氏による「狂乱物価『悪夢のシナリオ』」の全文は「文藝春秋」6月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

文藝春秋

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狂乱物価「悪夢のシナリオ」