かつて日本は円安が善しとされていたこともあり、急激に円高が進行した際に「円売りドル買い介入」を行ってきました。これによって市場に流通する円の量が増え、ドルに対して相対的に価値が下がるため、円高を抑えることができたのです。今回はその逆の「円買いドル売り介入」をしないのかと、市場関係者たちは注視していました。
ただ、為替介入はそう簡単に行われるものではありません。直近では2011年11月の円売り介入が最後です。円買い介入のほうは1998年6月以来、実に24年間も行われていません。為替介入がそう簡単にいかない理由はのちほど詳述しますが、要するに相手国と協調しないとうまく行かないからです。
ときには「口先介入」という手段が執られることもあります。政府側が実際に市場に資金を投じることなく、要人の発言によって市場に「為替介入があるかもしれない」というメッセージを与え、市場の行き過ぎをコントロールするという手段です。
私自身、財務官や国際金融局長(現・国際局長)の頃、円相場の動きが過熱した際には会見などでメッセージを発することがありました。わりとはっきりと物を言うせいで、「ミスター円」という呼び名が広がったのだと思います。もちろん、ズバズバものを言うからといって、国に不都合なことを言ったことはありません(笑)。
アメリカとの協調ができない
為替介入はなぜ難しいのか。それは、2つのハードルがあるからです。
1つ目のハードルは、「アメリカの理解が得られるか」という点です。
為替レートは単独で決められるものではなく、相手があって初めて決まるものです。円安を是正しようとすれば、必然的に基軸通貨であるドルにも影響が出ます。そこで、為替介入を行う際は、事前に日米両国の通貨当局が合意し、よくタイミングを見計らって呼吸を合わせてやって、初めて効果的に実行できるのです。相手国(この場合はアメリカ)が賛成しない介入は、効きません。
私が財務官を務めた1990年代に「円売りドル買い介入」でうまく円高を是正できたのは、日米の意思疎通がうまく行っていたからです。
当時、クリントン政権で財務長官を務めていたロバート・ルービンは、「強いドルが国益にかなっている」というスタンスを貫いていました。それまでの「ドル安で米国の輸出を増やす」というスタンスから大きく政策を転換したのです。ルービンは、ドルの価値を高めることで米国債を売り、世界中から低利で資金を集めようとしていました。ニューヨーク市場に世界中から大量の資金を集めることで株価や債券市場を押し上げ、貿易赤字を補い、国際収支のバランスを取ったのです。
一方、日本は輸出を後押しするために円安を期待するスタンスでした。そのため、日米の利害は基本的に一致していたのです。