もっとも、97年、98年には例外的に「円買いドル売り介入」をしています。これは円高ドル安方向の介入であるため、一見、日米の意向が逆方向であるかのように見えます。ただ、やはりこれもアメリカの意向に沿ったものでした。
当時、国際金融市場に吹き荒れていたのはアジア通貨危機の嵐でした。タイ、インドネシア、韓国がIMF(国際通貨基金)の管理下に入り、その影響は日本にも及んでいました。また、日本国内では金融危機が起き、北海道拓殖銀行が破綻するなど、深刻な状況に陥っていました。そうした状況下、日本としては過度の円安進行で株安が進み、企業マインドが冷え込んでいく連鎖を回避する必要がありました。
これに対してアメリカも、行き過ぎたドル高で資金が米国市場に過剰に集中し、株式市場を不安定にしかねないという懸念がありました。そこで日米金融当局の利害が一致し、協調介入したのです。アメリカが「日本政府の事情を慮った」のではなく、アメリカの国益にかなうからこその介入でした。昔から「アメリカ・ファースト」ということです。
「円買い介入」には限界がある
では現在はどうか。アメリカの最優先課題は、インフレの抑制です。日本が「円買い介入をして円高に誘導したい」と言い出したとしても、それにアメリカが頷く可能性は低いでしょう。なぜなら「ドル売り」介入をしたらドルの値が下がり、輸入物価を押し上げてインフレを悪化させてしまうからです。
2つ目のハードルは、円買い介入を効果的に行う手段が限られていることです。
一般的に、円売り介入は、それほど難しくはありません。短期の国債をどんどん発行して円を調達し、それを売ればいい。資金が調達出来さえすれば、限界はありません。
一方、円買い介入には限界があります。なぜなら、外貨準備高として日本が保有しているドルを売って円を買うというオペレーションになるからです。日本の外貨準備高は、直近では約1.4兆ドルですが、この蓄え以上のドルを売ることはできません。
私も円買い介入をした経験がありますが、当時の外貨準備高の10分の1を使ってしまったことがあります。「これではあと9回しかできないな」と焦った記憶があります。
円買い介入を繰り出せる回数、規模には限界があるため、それを投機筋に「もうこの後に介入はないな」と見透かされたら、一挙に反動がやってくることにもなりかねない。
そうしたこともあって、現在の局面で円買い介入をするのは相当難しいのです。
こうしてみると、この円安に対して当面は打つ手はない、ということになります。ただ、そう慌てる必要もない、というのが私の考えです。
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榊原英資氏による「ポスト黒田の『利上げ時代』に備えよ」の全文は「文藝春秋」6月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
ポスト黒田の「利上げ時代」に備えよ
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