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「出身はどちらなんですか?」と聞くと……

 他国の北朝鮮レストランにあるような“喜び組”風の連日連夜のショーは、モスクワにはない。店内は静かなものだ。女性店員たちは黒地にピンクのアクセントが入った制服に身を包み、広い店内のそこかしこで注文を取ったり、料理を運んだり、てきぱきと動く様は見ていて気持ちがいい。みんな似たような背格好で、黒髪をひっつめ、化粧もちょっと昔風と、スレていない感じがかえって新鮮で良い。

 それでいて店員たちの表情は硬く、気さくに話しかけてもクスリともしない。さっきまで料理についてしっかりロシア語で説明していたのに、「出身はどちらなんですか?」といったような質問を向ければ一転して「わかりませーん」と突如ロシア語が通じない体を装い奥に引っ込んでしまう。このそっけなくツンツンした感じはモスクワ仕様なのだろうか……。そんなことを考えながら食べるごま油の効いたキムパは妙味である。

普通に食べて飲んで一人だいたい4000円ほど

 それでも、一度娘を連れて行ったときに「お嬢ちゃん、いくつ?」「学校に通ってるの?」とロシア語で言葉を交わしていた。そのときの自然な笑顔を見て、少しほっとしたのを覚えている。あるときには、たまたま店内の鏡越しにあくびを噛み殺している店員と目が合い、バツの悪そうな表情を浮かべる姿を見て、「ちゃんと休めているのかな」と気遣う自分がいる。それもこれも彼女の高度な演技で、まんまと術中にはまっているのだろうか……。そんなことを考えながら食べる海の幸たっぷりの海鮮チヂミも妙味である。

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勇利アルバチャコフを20倍悪くしたような風体のマネジャー

 店内は写真撮影可だが、店員に関してはNGだ。写真を確認しようとしただけなのに、カメラを向けられたと思ったのか、店員たちがクモの子を散らすように一斉に左右に逃げまどう。そんなこんなで店内で派手にやらかしていると、奥からレアキャラの男性マネジャーが出てくることがある。ノータイの背広姿で、人相はお世辞にもいいとは言えない。勇利アルバチャコフを20倍悪くしたような風体と言えば少しは伝わるだろうか。奥の事務室でカメラ越しに店内の様子をずっとうかがっているのかもしれない……。そんなことを考えながら食べるアツアツの石焼きビビンバも妙味である。

バーカウンターが会計の場所。電卓を叩くけたたましい音が響き渡る

 知る人ぞ知る最後の見どころは会計時にある。入り口そばのカウンターで会計係が高速で連打する電卓さばきは必見だ。簿記2級は下るまい。計算間違いで鉱山送りになることはないだろうに、鬼気迫る表情で伝票をにらむ姿はトイレに行くふりをしてでも間近で見る価値がある。会計はVISAやマスターカードが使えるのだが、さすがにカードを使う勇気はなく、現金払いである。今ここで払うルーブル紙幣がゆくゆくは北朝鮮のミサイルになり変わり日本上空を飛ぶのかと思うと、不謹慎ながらも壮大な物語を感じてしまう……。そんなことを考えながら食べるふっくらした大福餅は禁断の味である。