ウクライナでは医療費がほぼ全額自己負担だったのに対して、併合後は無料に。給料や年金も約3倍に増えたというのです。ロシアがクリミアの住民に対して、「ロシアになると、こんなに良いことがあるぞ」と“買収作戦”を繰り広げており、それが功を奏していることが分かりました。
ロシアに不信感を持つ先住民族
ロシアが武力によってクリミア半島を占領したのは許されざることです。しかし、住民の中には満足している人たちもいる。現地に行かなければ分からなかった皮肉な現実でした。
ただし、インタビューに「ロシアになって良かった」と答えるのは、ロシア系の住民です。これに対して、クリミア半島の全人口の約1割にあたる25万人の先住民族・タタール人の反応は違いました。彼らはマイクを向けても黙ってしまうのです。
タタール人は第2次世界大戦中、ドイツに協力するのではないかと怖れたスターリンによって全住民が中央アジアに強制移住させられ、多くが犠牲になった歴史を持ちます。そのためロシアには不信感があり、決して併合を望んではいませんでした。
小学校でタタール人の女子児童に話を聞いたところ、彼女からの返答は終始一貫して、ロシア語ではなくウクライナ語でした。ロシア語を使うのを潔しとしなかったのでしょう。
「観光」で来るところではない
国際社会からも強い非難を浴びたクリミア併合。しかし池上氏は、プーチンの“暴挙”は、もっと早くから始まっていたと指摘する。
06年11月、ロシア元情報機関幹部で英国に亡命したアレクサンドル・リトビネンコ氏が、ロンドンで放射性物質「ポロニウム210」を摂取させられ、死亡しました。私は、プーチン大統領の暴挙はここから始まったと捉えています。
ポロニウム210は、主にプルトニウムの生産を目的とした原子炉から取り出される物質です。国家的な組織にしかできない犯行でした。
英国は、ソ連国家保安委員会(KGB)の元職員アンドレイ・ルゴボイを容疑者と特定。ロシア側に引き渡しを求めますが、ロシアは拒否しました。それどころか、ルゴボイはその後、ロシア連邦議会選挙で当選し、国会議員になったのです。ロシアの議員には不逮捕特権がある。こんなことを指図できるのは、プーチン大統領しかいません。