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放射性物質を摂取させられ死亡…プーチン大統領の暴挙の始まりは2006年だった

池上彰のプーチン解析

2022/05/26
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軍の関係者だけが持つ神経ガス「ノビチョク」で一時意識不明に

 この事件について、いま自戒も込めて痛感していることがあります。当時、国際社会がもっと非難の声をあげていれば、今日のプーチン大統領の“暴挙”を抑止することができたのではないか――。ところが実際には、私も含めた大勢の人が「ロシアならそれくらいはやりかねないな」と見過ごしてしまったのです。

 18年3月には、別の襲撃事件も起こりました。英国南部のソールズベリーで、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の元大佐であるセルゲイ・スクリパリ氏とその娘が、神経剤「ノビチョク」により一時、意識不明に陥ったのです。スクリパリ氏は英国で2重スパイとして働いていたことが発覚し、ロシアで服役後、米ロのスパイ交換の一環で英国に引き渡されていました。

 ノビチョクとは「新米」(駆け出し)という意味で、旧ソ連軍が1970年代から80年代にかけて開発した神経ガスです。こんなものを持っているのは軍の関係者だけのはず。実際、英国はGRUの関係者2人が、スクリパリ氏の家のドアノブにノビチョクを塗って殺害しようとしたことを突き止めました。しかし、このときもロシアはこの2人について「単なる観光客」だと主張しました。

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「裏切るとこういう目に遭うんだぞ」プーチン大統領による警告

 じつは、これはとても苦しい言い訳です。私は事件後、ソールズベリーに取材に行きました。英国南部に位置するソールズベリーは、こう言っては申し訳ないけれど、ロンドンから片道1時間半ほどの片田舎でした。とても「観光」で来るところではありません。

 加えてロシア側は「2人はGRUとは無関係だ」と主張していたのですが、英国の民間調査報道機関「ベリングキャット」の調査で、それが嘘だと明らかになった。するとプーチン大統領は、スクリパリ氏について「母国に対する裏切り者だ」と居直るような発言をしたのです。

プーチン大統領

 これではまるで「裏切り者は殺されても仕方がない」と言っているようなもの。さらにプーチン大統領にとっては、「裏切ると、こういう目に遭うんだぞ」という警告の意味合いもあったのかもしれません。

 ノビチョクは、20年にロシア国内の反政府活動家、アレクセイ・ナワリヌイ氏の襲撃事件でも使用されました。スクリパリ氏の事件でも国家の関与が疑われていたのに、同じ毒物をぬけぬけと使い続ける、傍若無人の残酷さ。国際社会は、そんなプーチン大統領の行いを、これまで黙認してきたとも言えるのです。