“最終決定ルール”が公開されないまま試合開始のゴング
猪木はこの“格闘技世界一決定戦”をなにがなんでも実現させなければならないものと考え、アリ陣営――モハメド・アリ自身というよりも――は「いつでもやめることができるサムシング」ととらえていた。
それが真剣勝負であっても、アリ陣営が“想定”していたようなアトラクションであったとしても、試合をおこなうにはまずルールを決めなければならない。ルールをつくり、おたがいがそれに同意することで、やっていいこととやってはいけないことが決まる。ルールはそれを守るためにあるもので、破るためにあるものではない。
とにかく試合を成立させなければならないのが猪木陣営だから、ルールは、必然的にアリにとって有利な条件ばかりが適用された。
まず、ニューヨークでの調印式から3日後の3月28日、「3分15ラウンド、1分のインターバル」というボクシング式のルールがアメリカの新聞に掲載された。
試合のちょうど1カ月前、5月26日に明らかにされた“公式ルール”では「頭または肩によるバッティングは反則」とされた。ボクシング側からすると通常のルールと変わらないが、プロレス側から見ると、このルールにより(頭突きだけでなく)レスリング・スタイルのタックル、相手の脚、懐に飛び込んでいく行為そのものが禁止されたことになる。
試合の3日前、6月23日にマスコミ向けに発表された“最終ルール”では、大切なポイントだけを整理すると、「ヒジ、ヒザによる打撃」「首の後ろ、腎臓、ノドへの攻撃」「手のひらで打つこと以外、プロレスで通常使われるすべてのチョップ技」「ヒザをついたり、しゃがんだりした状態での足の甲を使った足払い以外、プロレスで通常使われるすべてのキック攻撃」が反則となっていた。かんたんにいえば、アリ陣営からの強硬な要求により、想定される限りのプロレス的な動きはルールによって封じ込められた。
そして、こういったルールの詳細は、当日、会場で販売されたパンフレットには載っていなかったし、試合前にも場内アナウンスによる詳しいルール説明はなかった。また、テレビ中継でも、実況の舟橋慶一アナウンサーによる「寝技は30秒でブレークです」「シューズの底の部分で蹴ることはできません」といった断片的なコメント以外、公式ルールの解説はなかった。
ようするに、ライブの観客も、テレビの視聴者――アメリカ、韓国、ヨーロッパでのクローズド・サーキット上映、衛星中継を含め――も、ルールがまるでわからない状態のまま試合を観ていたということだ。