マスコミは“観客しらけた”と酷評
試合開始のゴングが鳴ったのは、日本のプロレスの興行としては異例の土曜の午前11時50分。これはニューヨークでは(金曜)午後10時50分のプライムタイム。そういう意味で、この試合はアメリカ側が主導権を握ったメディアイベントだった。
アメリカでは、全米170都市の映画館、劇場でクローズド・サーキット上映がおこなわれ、日本からの衛星中継と併せニューヨーク、シカゴ、ヒューストン、ロサンゼルスの4都市ではプロレスの試合とのカップリング興行も開催された。
ニューヨークのシェイ・スタジアムでは、アンドレ・ザ・ジャイアント対チャック・ウェップナー(プロボクサー)の異種格闘技戦、ブルーノ・サンマルチノ対スタン・ハンセンの2試合をライブ版のメインイベントとしてダブル・フィーチャー。
シカゴではバーン・ガニア対ニック・ボックウィンクルのAWA世界戦、ヒューストンではテリー・ファンク対ロッキー・ジョンソンのNWA世界戦、ロサンゼルスのオリンピック・オーデトリアムでは“元柔道世界一”ウィリエム・ルスカ対ドン・ファーゴのシングルマッチがおこなわれた。
“世紀の一戦”をとにかく生中継で観ようと思った日本じゅうの少年ファン――中学3年生だったぼくもそのひとりだった――は、この日、学校から家まで走って帰った。いまどきの若者は知らないことかもしれないが、かつて日本は土曜も午前中だけ授業があった。
NETが午後1時から午後2時50分までオンエアした特番は、じっさいには生中継ではなくて、いまでいうところのディレイ中継だったが、平均視聴率46%、瞬間最高視聴率54.9%という驚異的な数字をはじき出した。
入場チケットは、ロイヤル・リングサイド席30万円、特別リングサイド席10万円から2階指定席E5000円までの10席種。通常のプロレス興行のリングサイド席が5000円の時代だから、チケットの価格設定も異例の高額だった。
プロボクサーのアリは立って闘い、プロレスラーの猪木はほとんどキャンバスに寝たまま闘った。両者は15ラウンドを闘い切り、試合は引き分けに終わった。
ふだんはプロレスを扱わない大新聞は、この試合をこんなふうに報じた。
「寝そべる猪木、立つアリ 世界一は預かりでした 観客しらけた“格闘技”戦」(「読売新聞」夕刊、6月26日)
「『三十億円興行』失敗か 筋書き・採算思惑はずれ」(「朝日新聞」朝刊、6月27日)
「24億円の“シラケ決闘” 『オレ、稼ぎに満足』アリ 『結局、正直すぎた』猪木」(「毎日新聞」朝刊、6月27日)
プロレスに対しては好意的なスタンスのはずのスポーツ新聞各紙も、この試合をこぞって“茶番劇”“大凡戦”と酷評した。