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「私には、圧倒的な体験であった」亡き妻が残した50年前の日記と手紙、短歌…青春の答えを探す“時間旅行”

中井治郎が『あの胸が岬のように遠かった』(永田和宏 著)を読む

2022/05/30
『あの胸が岬のように遠かった』(永田和宏 著)新潮社

 亡き妻が遺した日記と手紙。もし、あなたがそれを見つけたなら、あなたは何を求めてその秘密に手を伸ばすだろうか。

 本書においては、その日記と手紙を遺した妻も歌人であれば、それを見つけた夫もまた歌人だった。

 ついに最後まで妻に聞けなかった問いの答えを求めて、夫は彼女の日記を手に取る。それは「ほんとうに私で良かったのか」という問いである。――私は、あなたにふさわしかったのか。残された歌人が知りたかったのはその答えだった。

 本書は、「戦後生まれの女流歌人」として知られた故・河野裕子(かわのゆうこ)が遺した50年前の日記と手紙、そして短歌を手がかりにした、歌人・永田和宏による容赦のないほどにあからさまで、誠実な回顧録である。

 それはあたかも時間旅行である。舞台は学生運動の熱風に吹かれる昭和40年代の京都。もちろん二人の青春時代を再訪する旅だ。

 一瞬の機微を活写する歌人ならではの臨場感と、日記、手紙、短歌で明らかになる語られざる内なる呟き。あまりに明晰で容赦のない二人のまなざしは、甘酸っぱいノスタルジアだけでなく、二人それぞれの視点から若い恋人たちが向き合った切実な痛みを読者にも深く刻み込んでゆく。

 母を知らぬ生い立ち。河野がひそかに恋焦がれた別の男性の存在。そして、若い二人が産めなかった命と、大人になりきれなかった二人が絶とうとした命――。

 日記と手紙、そして短歌という極めて個人的で内的な手がかりに導かれた旅は、抱えきれぬ痛みゆえにそれぞれの胸の奥深くにしまいこまれてきた秘密へと収斂してゆく。

 永田が「それは私には、圧倒的な体験であった」と述懐するこの旅は、抱えていた問いの答え合わせというよりは、かつて一人で生きた痛みをもういちど河野と二人で生きなおす営みだったのかもしれない。

 そういえば、今いわゆるZ世代のあいだで短歌がブームなのだという。その主戦場はSNSである。真夜中に呟かれた誰かの「みそひともじ(31字)」がまたたくまに拡散され、朝が来るまで幾百幾千もの共感の「いいね」を引き連れながら深海の女王のようにタイムラインを回遊する。

 短い言葉に刹那を焼き付けるこの詩型が、長い歴史の果てに新しい時代のツールと運命的に調和し、また若者に寄り添う時代が巡ってきたようだ。「エモい」の三文字では言い尽くせない瑞々しくも未熟な日々を生きる痛みは、この時代の若者にとっても切実なものなのだろう。

 しかし、ふと思う。絶え間なく流れゆくタイムラインにそれぞれの痛みを詠み合う現代の彼らならば、半世紀以上前の恋人たちが不器用に抱えた秘密を、そしてお互いを深く傷つけあうほどに透明であろうとした誠実さをどのように読むだろうか。熱い時代であったのだな、とあらためて思う。

ながたかずひろ/1947年、滋賀県生まれ。歌人、細胞生物学者。京都大学名誉教授、京都産業大学名誉教授。「塔」短歌会前主宰。2009年、紫綬褒章受章。著書に河野裕子との最後の日々をつづった『歌に私は泣くだらう』があるほか、近著に『知の体力』『置行堀』など。
 

なかいじろう/1977年、大阪府生まれ。社会学者、龍谷大学社会学部非常勤講師。著書に『日本のふしぎな夫婦同姓』など。

あの胸が岬のように遠かった

永田 和宏

新潮社

2022年3月24日 発売

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