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「僕を縛るのも、解放するのも母だった」大企業の創業者一族に生まれ、慶応中等部に通う少年が恋に落ちた“相手”

著者は語る 『僕は失くした恋しか歌えない』(小佐野彈 著)

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『僕は失くした恋しか歌えない』(小佐野彈 著)新潮社

「夕ばえの雲のごとくに燃えながら恋に恋せよ! 十五のわれよ」

 オープンリーゲイで、現代歌人協会賞受賞歴のある歌人・作家の小佐野彈さん。新刊は、自身の経験を元にした自伝的小説だ。冒頭の一首を始め、小説と短歌が交差しながらストーリーが進んでいく。「小佐野さんの『伊勢物語』を」という依頼を受け、書き始めた。

「僕は中学の頃に短歌を詠み始めました。作中の歌は新作が多いですが、当時詠んだものもあります。ノートはもう残っていないんですが、歌はなんとなく覚えているんですよね。若い頃に覚えた好きな歌謡曲を大人になっても忘れないように、短歌もやっぱり歌だから忘れないんです。デビュー後に詠んだ歌の方がうまいんですが、稚拙だった頃の歌も入れていきたいな、と」

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 主人公・ダンくんは慶應中等部に通う15歳。大企業の創業者一族に生まれ、超セレブで何不自由ない生活を送っている。自身の性愛の対象が同性であると気づいたのは中学生の頃。書店のBLコーナーを覗いては手にとり「いつかこんな恋をしてみたい」と胸をときめかせている。一緒に旅行に行った後輩の男子、哲学者のような雰囲気がかっこいい大学の先輩……好きな人ができるたびに、ほとばしる思いを歌に乗せる。

 まさに伊勢物語のように、恋愛が中心の一代記。しかし、好きな人との二人だけの世界ではなく、友人のアイコちゃんや、中国語教師のベティ先生など、その都度出会う人物を巻き込みながら物語が展開していくのが面白い。

「恋愛って必ず第三者が介在していますよね。他人事というのは存在しなくて、『風が吹けば桶屋が儲かる』じゃないですが、全ての出来事が連動している。恋愛も、自由意志同士がぶつかって起こるのではなく、どうしても寄っていってしまう、引力に引っ張られてしまうというのが自然な気がしていて。今回同時刊行した、家族のことをテーマにした歌集『銀河一族』(短歌研究社)の“銀河”というイメージもそこから来ています。人の関係も経済も銀河に似ていて、ありとあらゆる動力が銀河につながっている。そこにいる限り影響を受けざるを得ないんです」

小佐野彈さん

 物語の後半では、“銀河”の中で最も近い存在である「母」との関係にも焦点が当たる。ダンくんのことを「理解している」と語る母に対し、「できるわけ、ないだろ」と応じ、大きな衝突が起こるのだ。息子を愛し、セクシュアリティを受け入れていたとしても、それは“理解”とは全く違うのではないか、と綴られている。

「自分の人生を振り返る中で、どうしても書かないといけない究極的な人間って母だったんですよね。僕を縛るのも母だし、解放するのも母だった。これまで母は僕のことを“受容”はすれど“理解”はしていなかった。この本を読んで、母は理解と受容の間には深い川が流れていることを分かってくれたんじゃないかと思います。短歌は余白が多い分、読者に寄せて読まれることが多いんですが、小説は登場人物の世界に連れていって、追体験をさせてくれる。母は僕の青春を追体験してくれたから、理解へ少し進むことが出来たのだと思います」

 人生を変える一冊になった、と小佐野さんは語る。

「和歌が古来からずっと手紙としてやりとりされてきたように、この作品は読者への手紙であることはもちろんなんですが、特に後半は母への手紙として書きました」

おさのだん/1983年、東京都生まれ。2017年「無垢な日本で」で短歌研究新人賞受賞。19年『メタリック』で現代歌人協会賞、「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。他の著書に『車軸』、『ホスト万葉集』(共編)など。

僕は失くした恋しか歌えない

小佐野 彈 ,青山裕企

新潮社

2021年11月30日 発売

「僕を縛るのも、解放するのも母だった」大企業の創業者一族に生まれ、慶応中等部に通う少年が恋に落ちた“相手”

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