「正直、ニュースに登場した代理人の動きを見て、『え、何が起きたの?』とすぐには理解すらできなかったのには驚きました。なかなか、こんな方法は思いつきません」
溝の口法律事務所の田畑淳弁護士がそう舌を巻くのは、山口県阿武町の「4630万円誤送金」問題で、町側の代理人となった中山修身弁護士の手腕だ。5月24日、阿武町は誤送金した金額の9割にあたる4299万円余りを「法的に確保した」と発表したが、絶望的と思われていた返金がなぜ可能になったのか。中山弁護士が放った「鬼手」を田畑弁護士が解説する。
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職業柄、こういう事件が起こると、「自分が代理人だったら、どうするだろう」とは、やはり考えます。このケースも、自分でも考えてはみたが、なかなか難航しそうな回収事件で、どこからどうやって回収したのか、当初は見当もつきませんでした。
報道によると、どうやら国税徴収法の規定を準用し、決済代行業者の口座を抑えたということですが、それにしてもここまで鮮やかな結果が出るものか。少々妬みさえ感じながら条文を繰った弁護士は私だけではないと思います。
「普通の弁護士」が考える方法とは
では今回のようなケースで普通の弁護士がまず検討する方法は何かといえば、「本人口座の仮差し押さえ」です。今回は、この方法はうまく進まなかったようですが、事情は分かりません。町の意思決定についての事情も考えられます。報道によれば仮差し押さえを申し立てたのは4月下旬だったようですが、この時点では同業者を含め行政側代理人を無能と決めつけ、激しい非難の言葉を投げかける人も大勢いました。
次に考えられる方法は、「金融機関(銀行)に対する責任追及」です。前出の読売新聞によると町側は「銀行に対して田口容疑者の払い戻しを行わないように依頼する公文書を出した」としています。まだ田口翔容疑者の銀行口座に多額の金が残っている段階で、銀行側は本件の預金の性質と問題について把握していたことになります。とすれば銀行としては何らかの方法で不当な払い戻しを停止する措置が取れたのではないか。
顧客の属性、取引時の状況その他保有している当該取引に係る具体的な情報からすれば必要と考えられる「犯罪による収益の移転防止に関する法律」第8条に規定する「疑わしい取引の届出義務」は履行されていたのか、といった責任を追及するわけです。当職が考えたのもこのあたりでしたが、仮に銀行への責任追及が実るとしても、争いは長期化し、実際の回収は恐らく皆がニュースを忘れた1、2年以上後になっていたことでしょう。
こうして見ると、この早さで4299万円回収という結果がもたらされたことのスゴさがお分かりいただけると思います。この事件をめぐっては多くの弁護士がSNSなどで今後の展開を予測していましたが、実際に中山弁護士がとった方法を予測できた人は私が知る限り、誰もいなかったはずです。