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「木が全然売れへん」「売らんほうがマシや」田舎暮らしに憧れる大学生が見た“林業の残酷すぎる現実”

『700人の村がひとつのホテルに』 #2

2022/06/12

source : ノンフィクション出版

genre : ライフ, 社会, 働き方, ライフスタイル

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 やっと森づくりを体験できる。すぐに私は林業に関心を持っている同級生や、当時所属していたサイクリングクラブの仲間などに声をかけて、「山仕事サークル」を立ち上げ、毎週末、雲ケ畑に通う日々が始まった。

 雲ケ畑は、京都を南北に流れる鴨川源流の山間部に位置する80世帯ほど(当時)の小さな集落で、平安京造営より以前に、木材を供給するために杣人が拓いたのが始まりとされる。北山と呼ばれる古くからの林業地の一角にあり、無節でツヤのある床柱として使用するための一本何十万円もするような材質のいい木材の生産で知られていた。

 集落には碧色の鴨川源流に沿って、石垣の上に築百年を超える家々が点在し、どこにいても川のせせらぎが聞こえてくる。自然に恵まれ、夏には子供たちが鴨川に飛び込んで遊び、時にはオオサンショウウオに出くわすこともある。春の山桜、夏のホタル、秋の紅葉、冬の雪景色……。まさにそれは、私が思い描く理想の「ふるさと」の光景でもあった。

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すべてが心地よかった雲ケ畑の生活

 雲ケ畑に通い始めた当初は、それまで都会の若者が林業の現場に来ることなんてなかったので、集落の人々のなかには「都会の若い奴らがこんな山奥になんの用があるんだ」「足手まといになるだけだ」と訝しがる人もいた。だが、3ヶ月、半年、1年、2年と通い続けるうちに信頼関係が築かれ、多くの山主から声をかけてもらい、コミュニティに受け入れられていった。

 週末になると、京阪電車の出町柳駅前で仲間たちと集合して、鴨川沿いに自転車を連ねて上流の雲ケ畑を目指す。川のせせらぎ、鳥の鳴き声、山々の新緑、仲間との他愛ない会話……そのすべてが心地よかった。

 雲ケ畑につくと、まず森林組合の倉庫に置いてある鉈や鎌を取り出して、山のおっちゃんたちと談笑しながら刃を研ぐところから一日が始まる。いざ、地下足袋をはいて、軽トラの荷台に乗り込み、山の草いきれと風を感じながら現場へ向かう。

 春は植え付け、夏は下刈り、秋は間伐、冬は枝打ち。最初は見様見真似だったが、私たちが山での作業に慣れてくると、本格的な仕事も任されるようになっていった。