テレビ、新聞、ネットニュースでは、日々、あらゆる情報が流れては消えていく。しかし、この世で実際に起きていることは、大手メディアが報じる“大きな声”だけではない。
人々の“声なきこえ”をしっかりと伝え、記録に残したい――。
そんな思いから2020年10月に立ち上がったのが、YouTubeチャンネル「日影のこえ」だ。メディアで報じられた重大事件の「その後」を追い、決してマスメディアが伝えない「名もなき人たち」の声を取材し、ドキュメンタリーとして伝える。それは図らずも、事件の真の犯行動機や、表層の奥に隠された“真実”に迫るものになることも多かったという。
取材を続けてきた「日影のこえ」取材班とノンフィクションライターの高木瑞穂氏が、自身の関わった多くの事件について記した著書『日影のこえ メディアが伝えない重大事件のもう一つの真実』(鉄人社)より、2018年に起きた目黒区5歳女児虐待死事件を抜粋して転載する。(全2回の1回目/後編を読む)
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「もうおねがい、ゆるしてください、おねがいします。」
2018年6月6日、東京・霞が関の警視庁本部で、記者たちは捜査一課長を囲むようにして集まっていた。東京都目黒区で衰弱した船戸結愛(当時5歳)を、放置し死亡させた疑いで逮捕された船戸雄大(同33歳)と母親の優里(同25歳)に関する、逮捕レクを聞くためだ。
逮捕レクとは、容疑者逮捕後の報道説明のことである。保護責任者遺棄致死罪。罪状を聞いて記者たちは緊張を走らせていた。ほぼ間違いなく虐待事案である。となればマスコミによる激しい取材合戦が予想される。記者たちは、ペンを手に捜査一課長の言葉を漏らさないようメモを取る。メモは、これから始まる戦いの兵糧に、弾薬になる。
《ママ、もうパパとママにいわれなくても、しっかりじぶんから、きょうよりかあしたはもっともっと、できるようにするから。もうおねがい、ゆるして。ゆるしてください、おねがいします。ほんとうにもう、おなじことはしません。ゆるして。きのうまでぜんぜんできてなかったこと、これまでまいにちやってきたことを、なおします。これまでどんだけあほみたいにあそんだか。あそぶってあほみたいだからやめる。もうぜったいぜったい、やらないからね。ぜったい。やくそくします》
捜査一課長が唐突にメモを読み上げたことで、記者たちは驚きを隠せなかった。逮捕レクの時点で裁判の重要になりそうな証拠を明らかにするなど、異例のことだ。
「子供にこんな文章を書かせるなんて鬼ですよ、オニ」
レクに出た顔馴染みの記者は怒気を込めて言った。悲痛な文面からはいびつな親子関係が透けて見える。