『マイホーム山谷』(末並俊司 著)小学館

「ガンジーでも助走つけて殴るレベル」なるネットスラングがある。それを捩(もじ)れば「マザー・テレサも家を出ていくレベル」の無謀な人、それが本書の主人公・山本雅基(まさき)さんだ。

 ドヤ街で知られる山谷(さんや)。ここにホームレスを看取るホスピス施設がある。山本さんが2002年に設立した「きぼうのいえ」だ。人生のどん底にいる時、自分のような人たちを助けたいとの衝動に駆られて、妻と二人三脚で資金集めに奔走して立ち上げたのだった。

 働けるうちはドヤに泊まれるが、老いるにつれて路上生活者になっていく。そうした人たちの最期に手を差し延べるための施設だ。50年以上山谷で暮らし、ここで看取られた人もいた。

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 その活動は注目を集め、山本さんは「山谷のオスカー・シンドラー」、妻は「山谷のマザー・テレサ」と呼ばれた。また彼の本をもとにした山田洋次監督の映画が公開されたり、『プロフェッショナル 仕事の流儀』で看護主任の妻が取り上げられたりもした。それらを聞けば、聖人に思えよう。

 ところが、である。著者が18年に山本さんを取材で訪ねると、妻には逃げられ、施設も追放されていた。おまけに死者と会話できると言いもする。つまりは「困った」人であった。

「きぼうのいえ」は周囲に「無謀の家」と呼ばれた。無謀ゆえにできたことだが、それゆえのストレスで酒に溺れるなどしていった。

 善行はたんに善意によるものなのではなく、それをせざるを得ない衝動と、それに伴う苦悩が心の奥底にあることを著者は見抜き、山本さんのそれらを見つめていく。さらに彼のみならず、この街に惹きつけられた人たちの営みがなにを生み出したかを洞察する。

「山谷の人たちっておせっかいだろ」と山本さんは言う。おせっかいは医療や貧困支援などのルポでよく目にする。佐々涼子『エンド・オブ・ライフ』では、終末期の患者の望みを叶えるため、旅行などに看護師が同行するのだが、それを診療所院長はおせっかいと呼ぶ。(「きぼうのいえ」の場合は、馬券売り場通いに付き添おうとする)おせっかいとは、国が決めた制度や境界線を個人が好きでやる体で踏み越えていくことだろう。

 それによって山谷には独自の福祉システムができていた。厚労省は地域で介護、生活支援などを行う「地域包括ケアシステム」の構築を目指す。それがここでは様々な団体の活動が組み合わさって、自然に成り立っていたのだ。

 山本さんは、それをより確かなものにしようと次の無謀に挑んだ。その結果、自分で作った施設の理事職を解任され、ますます心を壊してしまう。そんな彼を今、「山谷システム」が面倒を見ている。

 山谷は、無謀者とおせっかいの街だ。その中核に山本さんはいた。そして今もその中にいる。それは書名が意味するところでもある。

すえなみしゅんじ/1968年、福岡県生まれ。介護ジャーナリスト。両親の在宅介護を機に、2017年に介護職員初任者研修の資格を取得。本作で第28回小学館ノンフィクション大賞を受賞。
 

あーばんしー/1973年生まれ。小学生の頃から週刊誌好き。月刊「特選小説」に「愛人から覗き見た戦後史」を連載中。

マイホーム山谷

末並 俊司

小学館

2022年4月26日 発売