『六法推理』(五十嵐律人 著)KADOKAWA

「無料法律相談所 一人で抱え込まず、お気軽に無法律へ!」

 霞山大学法学部には、学生たちが自ら運営する課外活動団体“自主ゼミ”が多数存在している。そのひとつ、「無法律」は歴史のあるゼミだったにも関わらず、ある事件をきっかけに部員が去り、古城行成(こじょうゆきなり)一人が運営している。

 学園祭当日、経済学部3年の戸賀夏倫(とがかりん)が無法律を訪れる。曰く、彼女のアパートでは奇妙な現象が起きているという――。

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 2020年に『法廷遊戯』でメフィスト賞を受賞、鮮烈なデビューを飾った五十嵐律人さんの最新作『六法推理』は、法学部生が探偵を務める連作ミステリだ。デビュー時には司法修習生だった五十嵐さんは、現在弁護士として働きながら執筆活動をつづけている。

「執筆依頼をいただいて、知識的には未熟な大学生を主人公にしたいと考えました。無料法律相談は法学部のサークルではよくあるんですが、ここで書いたくらい踏み込んだ法律相談はまずないですね(笑)」

 父は裁判官、母は弁護士、兄は検事という法曹一家に育ち、法律知識をもとに論理で謎に迫るが、他者の感情には疎い“法律マシーン”の古城。彼のもとに、戸賀は次々と事件の相談を持ち込んで来る。第二章では、霞山大学生の人気YouTuber・小暮葉菜のリベンジポルノ流出にまつわる事件を扱う。

 この短篇でキーとなるのが、顔写真をアップロードすると、似ている芸能人をランキング形式で教えてくれるアプリ「フェイスサーチ」。類似するサービスは現実世界でもSNSなどで人気を博している。

「現実で起こった事件を材に取ったというより、思考実験的に考えました。弁護士という職業柄か、新たなサービスが出来たとき、それがどう社会問題につながるかを考えてしまうんです。前作の『原因において自由な物語』を書いたときも、写真をアップロードすると顔面偏差値が出るアプリの話を入れました。そういったサービスの是非を問いたいというより、新たな技術が生まれることによって、社会に何が起こり、新たにどんなことが出来るようになるか、選択肢がどう変わるかに興味があるんです」

五十嵐律人さん

 実は、本書は五十嵐さんがデビュー前に応募し、惜しくも受賞にいたらなかった横溝正史ミステリ大賞の最終候補作が下敷きとなっている。今回あらたに作り上げたキャラクターが、他者の感情に気を配り、インスピレーションで推理する戸賀だという。

「弁護士の仕事は依頼者の利益の追求です。かといって、利益のために彼らの気持ちを無視して主張をすることはできない。別の道のほうが利益に適うと思ったら、依頼者がそう思うように説得しないといけないんです。伝え方ひとつでどうしようもない事態になることもあり、コミュニケーションが求められる仕事。そこで、人の感情を勘定に入れることが出来る戸賀が、古城に足りない部分を衝いたり、引けを取らず謎を解決していく構成にしました」

 司法修習生時代のインタビューでは、法曹界を「感情論が入る余地がないまま論理で物事が進むのがとても心地よかった」と話していた五十嵐さんだが……。

「この仕事は自分が思っていた以上に、感情が先行することに気付きました(笑)。感情だけでは進まない話を、論理をもって依頼者の最大の利益のために動くのが弁護士。『法廷遊戯』は良くも悪くも青臭かった、と思います。実務に出たからこそ、『六法推理』が書けたかなと」

いがらしりつと/1990年、岩手県生まれ。東北大学法学部卒業。弁護士(ベリーベスト法律事務所、第一東京弁護士会)。2020年、『法廷遊戯』でメフィスト賞を受賞、デビュー。他の著書に『不可逆少年』『原因において自由な物語』。

六法推理

五十嵐 律人

KADOKAWA

2022年4月25日 発売