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 それ以前より彼女には常に「幸四郎の娘」「親の七光り」という言葉がつきまとい、本人も少なからず気にしていた。だが、そのころ、何気なく出かけた歌舞伎座で、父と兄(当時・7代目染五郎)が『連獅子』を踊るのを観ているうち、ふと《(この人達は、七光りどころじゃない。一方は九代目、もう一方は七代目……。八も九も、それ以上の先人達の恩恵を受けて、今ここで勝負をしているんじゃないか)と。私が気にしていることなんて、なんてちっぽけなことなんだろう、と》思い、その後は「幸四郎の娘」であることを楽しめるようになったという(※1)。

『告白』(2010年)

 そのうちにバッシングも収まっていった。それは彼女がドラマ・映画・舞台と作品ごとに努力を重ねて演技力をつけ、「七光り」という言葉を完全に退けたからだろう。再び木村拓哉と共演し映画化もされたドラマ『HERO』シリーズや映画『告白』など、代表作というべき作品も続々と生まれた。

“黒い魅力”を引き出した脚本家

 歌手としても、1997年に「明日、春が来たら」でシングルデビューして以来、コンスタントにシングルやアルバムをリリースしている。ディズニーアニメ『アナと雪の女王』の日本語吹き替え版の劇中で歌った「レット・イット・ゴー」はフル配信100万ダウンロードを達成した。

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 ちなみにデビュー曲を作詞したのは脚本家の坂元裕二だが、彼の書くドラマに出演したのはそれから20年後、2017年放送の『カルテット』が最初である。同作のプロデューサーの佐野亜裕美(当時TBSに在職)は、松とはその5年前に『運命の人』でアシスタントプロデューサーとして一緒になったが、当時の彼女はテレビドラマではいわゆる良妻の役が多かった。しかし佐野は、黒目が真っ黒な松の底知れない魅力を、ぜひ坂元裕二の脚本で観たいと思い、まず坂元にオファーしたという(※3)。

『明日、春が来たら』(1997年)

『カルテット』で松は、秘められた過去を抱えたバイオリン奏者をコミカルに演じ、新たな一面をのぞかせた。佐野はその後、フジテレビ系列の関西テレビに移り、昨年には再び坂元作・松主演で『大豆田とわ子と三人の元夫』を手がけ、ドラマファンを中心に話題を呼ぶ。

『大豆田とわ子~』では、ひょんなことから社長になった松演じる建築士・とわ子と、3人の元夫たちとの悲喜こもごもが描かれた。やはり昨年、藤本有紀の脚本、松尾スズキ演出により上演された舞台『パ・ラパパンパン』で演じた小説家にしてもそうだが、いずれの主人公もどこか運に恵まれない。おそらく演じる彼女とは程遠いキャラクターのはずだが、それをごく自然に演じてしまうところに松たか子という俳優の凄みを感じる。