“常識”と知らないから猪突猛進できた
「あの時もし私がベテラン不動産屋だったらこの仕事はやらなかったと思います。昔の不動産仲間は皆私を止めましたから。業界的に空き家物件は手間ばかりかかって儲からないというのが常識です。私はそれを知らないから猪突猛進しちゃったんだと思います」
その熱意が天に通じたのか、この時さらに幸運もやってきた。
それは起業塾を卒業するタイミングで、町の移住者お試し住宅「やまんなか」の管理人が辞めることになり、町が管理人を募集し始めたことだ。尾上は「やってくれない?」と町の担当者から打診を受けたこともあって、真っ先に手を挙げた。
その住宅は、この町の中心部JR八高線明覚駅(とはいえ無人駅、駅前にはデイリーストアが1軒あるのみ)から車で15分ほど走った、本当の「やまんなか」。町は移住希望者に対して2LDKの一軒家を月3万円で貸し出す。ほぼ新築に近い平屋で、広い前庭ではバーベキューもできる。居住者は最短7日間、最長で2カ月間そこに住んでときがわ町の自然や生活を実体験できる。
「私が管理人になった当時、希望者はがらがらでした。そこでネットやSNSで宣伝して、あっと言う間に居住希望者で埋めてその年から満室にしたんです」
その時尾上の頑張りへのご褒美は、満室の入居者だけではなかった。その手元には、ある宝が集まった。それはときがわ町への移住二拠点生活希望者の詳細なデータだ。
移住希望者の詳細なデータを集める
尾上は町のホームページにある「申し込みフォーム」とは別に、申し込み者にインタビューしてよりディープな情報を集めた。
─どんな家族構成でどれくらいの年収で、どんな理由で何を求めてこのときがわ町に移住したいのですか?
そのデータがその後の尾上の、いや、ときがわ町の財産となる。
尾上はそのデータをもとに、「やまんなか」が満室の時は、手持ちの空き家物件を移住希望者に紹介する。当初はそれをやっかむ人もいたが、やがて町民の誰もが理解した。
尾上が持っている移住希望者データと空き家のデータがマッチングすればこそ、この町に移住者や二拠点生活希望者が集まるのだ、と。
尾上は言う。