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《戦後沖縄の離島医療》東京出身の青年が“阿嘉島の神様”になった愛の物語「清純にして容色もよく人並み以上。“一目惚れ”した女性に偽装結婚を申し込んで…」

《戦後沖縄の離島医療》東京出身の青年が“阿嘉島の神様”になった愛の物語「清純にして容色もよく人並み以上。“一目惚れ”した女性に偽装結婚を申し込んで…」

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2022/06/23

genre : ニュース, 社会

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病理試験室に訪れた「偽装結婚」チャンス

 西田青年も焦りにも似た気持ちで悶々とした日々を過ごしていた。そしてある日、1人の女性看護師が病理試験室を訪れた。

《『検体を持ってきましたので、お願いします』と言い、持ってきた可検物を、所定のところに置くと、さっさと足早に出て行った。「あっ」という間の出来事であり、声かける間もなかった(中略)私はふと、そうだ此の人に、偽装結婚の相手になってもらえないだろうかと、思いついたのである》

陸軍病院時代の写真。前列左端が西田さん(遺族提供)

 同僚に女性について聞いてみると、名前は「カリ」さんと呼ばれているらしい。いつ来るか分からない次のチャンスに備え、病理試験室で女性の来訪を待つことにした。すると数日後、彼女が再び検体を持って病理試験室を訪れた。

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《私は思い切って声をかけてみた。「カゼ引いて休んでいたそうですが、もう大丈夫なんですか」と。彼女は少々びっくりしたような顔をして「ハイもう大丈夫です」と、小さな声で答えてくれた。こうした言葉のやりとりの中で、改めて彼女を観察してみると、清純にして容色もよく人並み以上のものがあり、美人のうちに入る人だと直感した。又、しっかりしており、頼もしいという印象を受けた》

 最初の出会いは一瞬だったが、“一目惚れ”に近いものがあったのかもしれない。しかし事態が事態なだけに、西田青年は単刀直入に「偽装結婚」の依頼をした。

立ちはだかった偽装結婚への高い壁

 カリさんは困惑し、何度か偽装結婚について話し合ったが、言葉を濁すばかり。しかしそのうち、彼女は「親代わりとも言うべき人の許可が必要で、自分では判断できない」と返答した。「親代わり」は、2人が勤めていた病院の総婦長。《あの総婦長が親代わりでは、私みたいな兵卒では、歯が立たない》と絶望する西田青年だったが、戦友に背中を押され、《当たって砕けろで、体当たり的にやってみようかと決心した》。

 

 婦長と面会し「偽装結婚」を申し出たところ、なんと「沖縄の親許に責任をもって、送り届けると約束できるのだったら」と婦長から許可を得ることに成功。西田青年は沖縄・座間味島出身の女性、本名「ヨシ」さんと「偽装結婚」という形で籍を入れたのである。

 3カ月後、満州国からの日本兵引き揚げに伴い、2人は日本に帰還。西田さんの実家のある東京で暮らし始め娘にも恵まれた。

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