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 また、暴行事件はそのまま放置され、その場にいなかった同僚の職員などには説明されず、校長はB教諭に指導や注意をしていなかった。井上さんの妻も原告となったが、裁判所に意見書を提出している。その中で、「(謝罪があると思ったが)何日待っても謝罪はなかった」と記している。

校長から内部処理の意向を告げられた

 9月26日、井上さんは校長から呼び出しを受けた。「表沙汰にしたくない」「マスコミに知られたくない」と、内部処理の意向を告げられた。また、「原因があっての結果」として、あたかも井上さん側に原因があるかのように伝え、公務災害の申請は難しいと述べた。

「公務災害の申請を妨害しようとしたのは、精神的なハラスメントです。裁判で町側は、『暴力をふるわれただけではうつ病にならない。校長は労災認定に関して適切に動いた。公務災害申請を断念させようとしたこともない。故意に、うつ病にさせたわけではない』などと主張していました。暴力をふるったB教諭にも指導をしていると言いました。

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 指導をしたというのなら、資料を出してほしいと言いましたが、出てきませんでした。暴力を振るった理由についても、“部活動での体育館使用をめぐってのトラブル”であるかのような話をしてきました。暴行を正当化するかのような内容だったのです」

膨大な裁判資料

 学校側は11月2日付けで「教職員の事故について」を作成。町教委に報告している。この中では、「事故の種別」を「教師間におけるトラブル」としていた。しかし、井上さんが報告の修正を要求したことで、提出した日付を変更せずに「教師の暴行事件」への変更になった。その後の聞き取り調査の報告でも「暴行事件」とされた。

 暴行事件当時、職員室には生徒もいた。「20~30人の生徒が職員室に出入りしていた。……Bの強い口調の言葉が聞こえたが、誰か生徒を指導しているのだと思った。井上さんが押されている姿が見え、2人の男の先生が仲裁に入った」と、同僚教員の証言も記録されている。