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 一方、大リーグは、まったく違った。ヤンキースはフロリダ州タンパのキャンプ地で軍の壮行式を開き、選手を代表してクレメンス投手があいさつした。ヤンキースだけでなく、野球界の誰かが派兵への疑問を口にしたという報道すらなかった。それが許されない空気であるのは誰にでも明らかだった。

 室内で練習していて壮行式に顔を出さなかった大リーグ1年目の松井秀喜外野手は、式典後に言葉少なだった。イラク攻撃が始まった同年3月19日、松井は「自分はたやすくコメントする立場にない。ただ一つ言えることは、いつも平和を願っているということで、その気持ちは皆さんと変わらない」とコメントした。それが精いっぱいの意思表示であることは分かった。

2003年にMLBデビューを果たした松井秀喜 ©文藝春秋

野球が国歌の生みの親?

 大リーグは保守派のシンボルという立場を存分に利用してプロスポーツとしての地位を築いてきた。現在国歌となっている“The Star-Spangled Banner”をイベントで流す習慣は、第1次世界大戦中だった1918年のワールドシリーズ第1戦で大リーグが始め、世に広めた。第1次大戦の退役軍人を中心としたロビー活動によって“The Star-Spangled Banner”は1931年に議会で承認され、米国国歌となった。大リーグが国歌の生みの親だと言ってもいいのである。

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 そもそも「アメリカの娯楽」というイメージそのものが、野球普及のために大リーグが作り上げたものだ。アメリカンフットボールの起源がサッカーやラグビーであるように、野球はラウンダーズやクリケットなど英国生まれの競技から派生した。しかし1905年、人気拡大のためには「アメリカ生まれ」のストーリーが必要だと考えたナショナルリーグ会長のスポルディングが調査委員会を設立。1907年に野球の起源がニューヨーク州中部にあるという虚偽の報告書を提出させた。そのウソをもとにニューヨーク州クーパーズタウンに建設されたのが米国野球殿堂である。