「話せばすべてを失う」
「アメリカらしさ」を前面に出し、国家とともに発展してきた大リーグは、保守派に期待される「古き良きアメリカ」のイメージを裏切らず、社会問題と距離を置いてきた。1967年にボクシングのヘビー級チャンピオン、モハメド・アリが黒人差別への抗議で徴兵拒否を明らかにした記者会見の席にはNBA、米プロフットボールNFL、大学バスケットボールの選手が並んだが、大リーグの選手はいなかった。
黒人の人権を訴えるブラック・ライブズ・マター(BLM)運動でも、主導的役割を果たすことは決してなかった。国歌斉唱で起立を拒否したNFLのコリン・キャパニックに賛同し、2017年にアスレチックスの捕手ブルース・マクスウェルが大リーグでただ一人起立拒否した。しかし、批判を恐れた選手たちの追随はなく、現役選手でマクスウェルに賛同を伝えたのは、当時オリオールズにいたアダム・ジョーンズ(元オリックス)ただ一人だったという。
BLM運動が盛り上がりを見せた2020年、メキシコ・リーグでプレーしていたマクスウェルは、スポーツ界の人種問題に詳しい作家のハワード・ブライアントに「(人種問題について)話せばすべてを失う」と語った。大リーグでは、個人が意見表明をするなら今でも相当な覚悟が必要なのだ。
貴重な“身内”の批判
スポーツキャスターのボブ・コスタスがワシントン・ポスト紙に語っているように「スポーツの場で政治を語るな、と主張する人たちが本当に言いたいことは『俺が聞きたくないことを口にするな』ということ」で、それが人種問題と銃規制だ。BLM運動が始まって10年間、大リーグは常に他のリーグを追いかける形で社会問題への対応を迫られてきた。そういった追随を経て機構や球団が動き始めたことは、プロスポーツ界でひときわ保守的なリーグとしては画期的である。
カート・アンダーセンは問題作『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史』で、自分たちに都合のいい幻想に浸って急進化を続ける米国の政治を描いた。世の中が二極化しているからこそ、保守派にとって“身内”の大リーグからの提言は貴重である。そして“身内”だからこそ、共和党や保守系メディアは激しく反発するのである。