今年2月、ロシアの侵攻直前に『国境を超えたウクライナ人』(群像社)を出版したオリガ・ホメンコさんが、ウクライナで起きている国外避難の実態を綴る。

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 ロシアの侵攻が始まってから3カ月近くたった。ほぼ毎晩空爆されているので、ウクライナには安全な街がひとつもない。このごろになって事情をわかってないメディアの人から「どうして戻らないのですか」と聞かれるが、答えるのも疲れたので黙っていることにしている。

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 友達のイルピンの家は焼け野原になったが、幸いにも彼女は母親と子供を連れて国外に出られた。

 別の友人の母親は占領されたチェルニヒウ州の村で1カ月間も生活していた。ロシア軍が撤退する日に家の外のベンチに座っていると、通りかかった車から軍人が降りてきて彼女の靴を引き抜いて去っていった。おそらく80歳の老婦人を脅かすためにやったのだろう。西洋では他人に靴を脱がされた人間はある意味で裸にされたのと一緒なのだ。

 友人の母親はその1カ月後に亡くなった。ショックが大きかったのだろう。最近医者に言われているのは、トラウマの経験が落ち着いたところでいろんな病気が出てきて、そのせいで亡くなる老人もいるということだ。

全文は『週刊文春WOMAN vol.14(2022年 夏号)』に掲載中

「救ってくれるのは家族しかない」という現実

 ウクライナは今までいろんな歴史的なトラウマを乗り越えて生き延びた国である。ロシア帝国やソ連政権からいろんな圧力をかけられてきたウクライナ人は、今回のロシア侵攻を経験して再びウクライナが生き残る方法は家族主義だと思った。

 1933年に人工的な飢饉が起こされた時も自分の家族を食べさせて守るのに必死になり、またチョルノビリの原発事故の時には自分の子供たちを避難させるのに必死で、今回の2月24日のロシアの侵攻でも空爆による死から同じように家族を守るのに皆必死だった。

 結局、外に危険があっても自分を救ってくれるのは家族しかない。その時に必ずしも一番年上の人がリードするわけでもない。逆に、今回は勉強などで外国暮らしの長い若者の出番だった。

 多くの場合、その役割を女性が果たした。戦時下の徴兵制の導入で18歳から60歳までの男性は国外に出られないからだ。