演劇研究者である笹山敬輔さんが、ザ・ドリフターズを演劇・舞台の観点から読み解いた著書『ドリフターズとその時代』(文春新書)を上梓した。出版を記念して、本書で紹介されている同氏による仲本工事さんへのインタビューを再公開する。(全2回の1回目/後編を読む)
(初出2018年8月22日。年齢、日付、肩書きなどは掲載当時のまま)
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加藤はまだ10代でさ、ドラムに一生懸命な少年だった
―― こちらの「仲本家JUNKAの台所」は、奥様の純歌さんと二人でされているんですか?
仲本 そうです。ここはかみさんが仕切ってて、僕は注文とったり料理を運んだりする使用人(笑)。
―― ドリフファンにはたまりませんね。
仲本 僕が東京にいるときはほとんど店にいるんで、今度ぜひ来てください。隣にカラオケの店もあって、今日はここで取材受けます。
―― ありがとうございます。先日、高木ブーさんにインタビューさせていただいたんですが、とても反響が大きかったんです。
仲本 あっ、そうなの。ちゃんと喋った?(笑)
―― はい、貴重なお話ばかりでした。ぜひ仲本さんにもお話をお聞きしたいと思いまして。高木さんと同じく、仲本さんも最初はミュージシャンですよね。きっかけは?
仲本 大学生のときのアルバイトだね。僕は、中学から高校まで体操部に入ってたんだよ。東京の大会では、いい成績を収めたこともあります。このままいけば、大学4年で東京オリンピックに出られるぞって、続けたい気持ちもあったんだけど、学習院大学に体操部がなかったんだよね(笑)。それで、たまたま友達に誘われてジャズ喫茶に行ったとき、何か歌えよって言われて、飛び入りで歌ったの。そのときのバンドがクレイジー・ウエスト。なぜか気に入られちゃって「明日から来てくれ」ってことになってね。そのとき、ドラムを叩いてたのが加藤茶。
―― はじめて加藤さんに会ったのはジャズ喫茶だったんですね。印象はどうでしたか?
仲本 まだ10代でさ。ドラムに一生懸命で、かわいらしい少年だったよ。