昨今の芸能ゴシップやこれまでの自分自身を鑑みてもつくづく思うことなのだが、「恋心」は本当にままならない。
その恋心がたとえ成就したとしても、その向かう先は破滅的結末でしかなかったり。あるいは、そもそも成就する見込みはほとんどなくて悶々とした精神の暗黒に絡め取られるだけだったり。それでも、「好き」という想いが一度芽生えてしまうと感情のコントロールが利かなくなり、後先など構っていられなくなる。
この連載でも何度か取り上げてきたが、松本清張はそんな「恋心」の危うさを描いてきた作家といえる。「好き」という感情の生み出す執着や嫉妬――あるいは時として純粋なまでの一途な想いさえもが――それまで順風の中で生きてきた者の人生を容赦なく奪い取る。清張の映像化作品にはそういった展開が数多く、触れる度に身につまされてきた。
今回取り上げる清張原作『波の塔』もまた、恋愛感情が巻き起こってしまったがために起きる悲劇の物語である。
主人公の若き検事・小野木(津川雅彦)は朴訥とした正義漢で、将来を嘱望されている。だが、ふとしたキッカケで知り合った人妻・頼子(有馬稲子)と恋に落ち、逢瀬を重ねるようになったことで人生の歯車が狂っていく。
物語の鍵を握るのは、頼子の夫で政財界ゴロの結城(南原宏治)だ。愛人を何人も囲いながら、頼子のことは強く愛している結城は妻の行動に疑いを持ち始め、やがて二人の関係の確証をつかむ。
物語中盤はほぼ全編、この結城の動きに焦点が当てられている。南原の冷たく厭らしい蛇のような目つきが、嫉妬と執着に憑かれた男の粘着性を体現しているように映り、二人の道行きの不穏さが掻き立てられることになる。
ただ、これだけだと典型的メロドラマだが、そこは清張原作。それだけで終わらない。
実は小野木が捜査することになった汚職事件の容疑者が結城だった。愛する女性が容疑者の妻だと知った小野木。関係をこれ以上続けてしまうと、身の破滅を招きかねない。だが、恋する男に自制心は利かなくなっていた。二人は捜査の合間に逢い引きをし、決定的瞬間の写真を結城の弁護士に撮られてしまう。その結果、小野木は休職させられる。
結城は収監され、頼子は罪の意識から樹海に身を投じ、小野木は一人取り残される。三者三様の「好き」が交錯した挙句、誰も幸福な結末を迎えないことになる。三人のうち誰か一人がどこかで感情にブレーキをかけていたら、悲劇は起きなかったはずだ。
それでも止められないのが、恋心の恐ろしさ。その魔性からは、誰も逃れられない。