中学校の指導者が目の前の大会で勝つために使った強権的な指導は選手の性格を歪め、その影響は数年、下手をすれば一生にわたって残り続ける。ただ、試合中など目につくところでは見られることはなくなってきているとはいえ、女子バレー界から体罰や暴言が一掃されたとは言い難い。
「命令して人を動かす気持ちがあると、言ってやらなければ『なんでやらないんだ』、できなければ『なんでできないんだ』と追い込んでいき、体罰とか強い叱責につながっていきます。あとは指導者自身が体罰に疑問を持ったとしても、新しい方法を学ぶ場所がないという問題はあると思いますね」
そして指導者のマインドを変えるのにも、年単位の時間がかかると主張する。
「自分の場合は30を過ぎてからは手をあげる、激しく怒る、ということはやめました。ただ、『自分の思ったように選手をコントロールしたい』という気持ちが本当に消えたのは50歳を過ぎてからだと思います。選手の失敗に対して腹が立つ、ということがその頃からなくなりました。きっかけは、練習で自分でボールを打たなくなったことだと思います。指導者がボールを打つことが悪いとは思いませんが、私の場合はどうしても『俺が上手くしてやる』なんとかしてやるんだ、という気持ちにつながってしまっていました」
「アップデートできていなかったというか…」
興味深いのは、小川が練習でボールを打たなくなり、監督からの退任について考えはじめた頃から下北沢成徳の大会での成績が一気に向上していることだ。
高校バレー界には「高校3冠」と言われる3つのタイトルがあるが、下北沢成徳は2013年以降で8回優勝している。小川が1981年に監督に就任してから2013年まで優勝は4回なので、急増している。
「そうなんです。逆に優勝するようになってきましたね。今振り返ると、2003年に(大山加奈の妹の)大山未希がキャプテンのとき優勝してから2013年までの10年くらいは『勝った時はどうやって練習してたかな』と成功体験をなぞる発想をしていました。メンバーは毎年違うし時代も変わるのに、以前成功した方法を繰り返していた。アップデートできていなかったというか、自分自身が成長していなかった。当時は当時なりに精いっぱいでしたけど、生徒たちには申し訳ないです」
2023年3月での退任を考える中で、理想のチームについての考え方も大きく変化したという。
「指導者生活も晩年に入って、あらためて『いいチームを作りたい』と思うようになりました。いいチームというのは、選手たちが『3年間、成徳でよかった』という気持ちになって、3年間でよりバレーが大好きになって卒業してくれるチームのこと。もう優勝がどうとかは抜きになって、バレーが好きになってもらうことを評価するのがいいんじゃないかと考えるようになったんです」