日本の文芸において「なろう系」「異世界転生」をテーマにした作品が人気を集めるようになって久しい。しかし、ジャンルそのものの誕生や爆発的ブームになった契機までを知る人はそう多くないだろう。はたして「なろう系」「異世界転生」はなぜこれほどまで多くの読者に受け入れられるジャンルとなったのか。
ここでは、出版産業、マンガに造詣が深いライターの飯田一史氏の著書『ウェブ小説30年史 日本の文芸の「半分」』(星海社新書)より一部を抜粋。長いあいだ別物と思われてきたウェブ小説がライトノベルとみなされはじめる時期の動向を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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なろう系専門の「ライトノベル」文庫レーベル・ヒーロー文庫の衝撃
2012年最大の出来事はなろう系専門「レーベル」が誕生し、判型が「文庫」だったこと、それが「ライトノベル」として認識されたことだ。
9月末に主婦の友社ヒーロー文庫が創刊され、第1弾として渡辺恒彦『理想のヒモ生活』、赤雪トナ『竜殺しの過ごす日々』を刊行。ヒーロー文庫は創刊から数年にわたって重版率100%を達成(*1)、新刊の初版部数が漸減傾向にあった既存のラノベレーベルの編集者と読者に少なからずなろう系を意識させることになった。創刊から約1年後には全国紙にも登場している。
*1 拙稿「重版率100%の「ヒーロー文庫」」、「新文化オンライン」、新文化通信社(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/netnovel/netnovel05.htm)
ヒーロー文庫(主婦の友社)の編集者、高原秀樹さんは、日本で最大級の投稿小説サイト「小説家になろう」の作品をこれまでに約300点読み、6作品を書籍化している。いずれも1冊あたり5万部以上の売れ行きという。「投稿サイト発の小説は人気が高い」と話す。「書籍として出版したいなら、新人賞に応募するより、サイトに投稿するほうが近道かもしれない」と指摘する。
「みんなの○○:ネット小説 書籍化 1話目を全力で工夫」、「毎日新聞」2013年8月21日朝刊
ヒーロー文庫は何が画期的だったか。
それまで小説家になろうやArcadia発の異世界ファンタジー作品だけを集めて刊行する「レーベル」は、2010年創刊のアルファポリスの女性向けレーベル・レジーナブックス(とはいえレジーナもイーストプレスのレガロシリーズ同様、投稿サイトではなく個人サイト発の作品もあった)や2011年創刊のフェザー文庫を除けば存在していなかった。