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桑田佳祐「俺たちが本音でやりたい音楽ってのはこういうのなんだ」…コミックバンド扱いのサザンを格上げした「いとしのエリー」の凄み

『桑田佳祐論』 #1

2022/07/02
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 さて、ここで注目したいのは、そんな「うっすらレゲエ」に乗った歌詞だ。「♪笑ってもっとbaby」の音韻。「わらって」と「もっと」の「っ」を使った、跳ねるような語感。続くフレーズでも「♪映『っ』ても『っ』と」と跳ねている。

「うっすらレゲエ」と跳ねる語感の歌詞によって、ビートルズ風(≒通俗的)なラブバラードに陥らず、むしろロック的な灰汁が漂ってくる。その一点において、サザンらしさが醸し出され、《いとしのエリー》が《勝手にシンドバッド》とつながってくる。

 また「映って」という言葉の選び方が面白い。おそらく意味よりもリズム重視で「っ」の入った言葉を選ぶ中で「映って」が採用されたと思うのだが、結果として、続く「in your sight」(あなたの目に「映る」?)とも連携しながら、独特な世界観を形成する。

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 何百回と聴いた曲だと思うが、機会があれば、Bメロ(サビ)の「うっすらレゲエ」リズムと、「笑ってもっと」の跳ねる語感に耳を傾けてほしい。そこには23歳になりたての桑田佳祐の凄みが詰まっている。

あまりに独創的な「桑田語」の世界

「誘い涙の日が落ちる」

 桑田佳祐の歌詞を分析する上で注意が必要なのが、もう何十回何百回と聴いているがゆえに、言葉の選び方に関する独創性が見えにくくなっているということだ。

 この《いとしのエリー》は、まさにその危険性をはらんでいて、下手したら何千回と聴いているがゆえに、多くの日本国民にとって「普通の(平凡な)歌詞」となっている危険性がある。

 今回改めて歌詞を読んでみて驚いたのが、この「誘い涙の日が落ちる」というフレーズである。特に冒頭の「誘い涙」って何だ?

 加えて、同じメロディに当てられた「みぞれまじりの心なら」「泣かせ文句のその後じゃ」も、実に独創的で、かつ奇妙である。

 奇妙さの根源は造語だという点にある。「誘い涙」は桑田佳祐の造語(=桑田語)だろう。その造語に「日」をくっつけた「誘い涙の日」ってどんな「日」なのか。