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「ポップスは常に自由でなくちゃいけません」…日米の権力者たちを批判する“唯一無二のミュージシャン”桑田佳祐の根本思想

『桑田佳祐論』 #2

2022/07/02

 桑田佳祐が作る曲は多彩だ。お下劣なエロから、おフザケのコミックソング、涙ちょちょぎれるラブソングから、ノリノリのロックンロール、意味から解放されたナンセンスソングも。時には、強大な権力を標的にした「風刺ソング」さえ歌う。

 音楽評論家・スージー鈴木氏の新刊『桑田佳祐論』から、2002年に発表された楽曲「ROCK AND ROLL HERO」の分析評をお届け。権力批判さえ恐れぬ桑田佳祐が抱いているであろう「イノセントな思想」とは?(全2回の2回目/前編を読む)

桑田佳祐が抱いているであろうイノセントな根本思想とは? ©getty

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「米国(アメリカ)は僕のHero 我が日本人(ほう)は従順(ウブ)なPeople」

 アルバム『ROCK AND ROLL HERO』のタイトルチューン。発売されたのは2002年の9月で、アメリカでの同時多発テロから、ほぼ1年後というタイミングである。

 日本にもメッセージソングは多いものの、アメリカを標的にしたものは少ない。極めて少ない。

 その理由として、「アメリカに敗戦したことで戦後の民主主義や繁栄がもたらされた」という根強い感覚や、そもそも日本におけるロックが、アメリカの強い影響下で発生したという事実などから、抗(あらが)う敵としてアメリカをカウントしない(してはいけない)という観念があると思われる。

 アメリカを標的としたメッセージソング。その稀有なものの1つが「♪有色人種はつぶせ 都合よくルール作れ 自分のミスは認めず それがアメリカ魂」と、極端に直截的(かつ本質的)に歌うザ・ハイロウズの《アメリカ魂》(2002年)であり、そしてもう1つがこの曲だ。

桑田佳祐はアメリカを標的とすることも恐れない(画像:桑田佳祐公式YouTubeチャンネルより)

 しかし、日本ロック史の中でも、アメリカへの憧れ度合いで言えば、かなり上位に位置するであろう桑田佳祐が、アメリカと、アメリカに従順な日本の姿を歌にするのだから面白い。桑田佳祐は当時こう語っている。

〝ROCK AND ROLL HERO〟、イコール、アメリカというか、そこに追従している我が国日本、みたいな、そんな皮肉というか、そんな歌でもあるんですけどね。(中略)で、ふとこの歳になりますと、これからもそうやって、“ずっとアメリカに追従してくだけでいのかな?”みたいな、そんなことも思い始めているわけなんですよ。(『別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐』2002年11月)

 この発言に表れているのは、アメリカと、それに追従する日本、この両国に対する疑念である。

桑田佳祐の無邪気さ

 ただし、歌詞全体を読んでみても、政治的/思想的な背景は感じにくい。感じられるのは、「難しいことはよく分からないけど、日本はなぜ、こんなにべったりとアメリカに従順なんだろう?」という、無邪気で素直な疑念である。

 その無邪気さは、「国境なんてないと想像してごらん」と歌ったジョン・レノンのそれに近いものがある(CD『ROCK AND ROLL HERO』のケース裏に載せられた桑田少年の写真は、ジョン・レノン『ジョンの魂』の裏ジャケットを模しているようだ)。

 さらにその無邪気さは、戦後民主主義の根幹でもある、日本国憲法の前文のそれにも通ずる──「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」。

 しかし、桑田佳祐は、無邪気でありながらもしたたかで、「日本人」を「ほう」、「従順」を「ウブ」と読み替えて、聴感上の切っ先を和らげている。その結果、桑田佳祐のソロ・コンサートにおいて、この曲が、意味の細部を問われることなく、総立ちの観客がノリノリで唱和するさまには、少々の違和感を持つのだが。

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