ただ、それにしても、この歌詞/この視点が斬新なことに変わりがない。「米国ロックは僕のHero 我が日本ロックは従順なPeople」と思い続けてきたはずの桑田佳祐が、功成り名遂げた日本ロッカーの代表として、アメリカと日本を揶揄(やゆ)するのだから。
「安保」まで歌にする稀有なロックスター
「安保っておくれよLeader 過保護な僕らのFreedom」
そんな《ROCK AND ROLL HERO》は歌詞が進んでいくと同時に、過激さも進んでいく。前項で「政治的/思想的な背景は感じにくい」と書いたが、それでも攻撃性は、どんどん増していくという感じがする。
「安保って」と書いて「まもって」と読ませることで、ここでも聴感上の切っ先を和らげているものの、「安保」(日米安保条約)という言葉を歌うロックスターなど、日本ロック史にいただろうか?
そして、その「安保」を接合点として、アメリカの横暴さと、その横暴なアメリカに「過保護」にされている日本の両面に対して、桑田佳祐は刃(やいば)を向ける。その姿勢は、このアルバム『ROCK AND ROLL HERO』の10曲目に入っている《どん底のブルース》で、いよいよ鮮明になる。
「♪いつもドンパチやる前に 聖書に手を置く大統領(ひと)がいる」と、アメリカをやんわりと批判したあとで、日本の現状に対しても牙をむく。ここでの「日本の現状」とは、「安保」という接合点に直接つながれている「沖縄の現状」だ。
「♪隣のあの娘(こ)が輪姦(まわ)されて」と1995年の「沖縄米兵少女暴行事件」を持ち出しながら、「♪戦争(いくさ)に赴く基地(ベース)は安保(まも)られる」と、再度「安保(られる)」を「まも(られる)」と読ませ、沖縄の米軍基地問題を指摘する。
再び《ROCK AND ROLL HERO》に話を戻すと、こちらでも「♪国家(くに)を挙げての右習え 核なるうえはGo with you.」と、アメリカに追従する日本の現状に対する意味深なメッセージが埋め込まれている。
桑田佳祐こそ「表現の自由」の体現者
日米関係への認識についてはさておき(個人的には、2002年当時よりもさらに窮屈になってきていると思うが)、《ROCK AND ROLL HERO》の歌詞をあらためて確認した上で、強く主張したいのは、桑田佳祐が手掛ける歌詞世界の面積の広さ、広いことの素晴らしさである。
お下劣なエロから、おフザケのコミックソング、涙ちょちょぎれるラブソングから、ノリノリのロックンロール、意味から解放されたナンセンスソングを経て、そして「♪安保(まも)っておくれよLeader 過保護な僕らのFreedom」に至る、歌詞世界の広大さはどうだ? 東京ドーム何個分だ?
逆に、今や還暦を超えた桑田佳祐よりも、もっと広大な面積を占有して然るべきな、「Jポップ」界の若い音楽家たちの言葉が、ラブソングという極めて狭いところで、汲々としているのはどういうことなのか。
「歌っちゃいけないテーマなどないんだ」──作詞家・桑田佳祐が抱いているであろうイノセントな根本思想。
この根本思想そのものが、日本国憲法第21条「表現の自由」を鮮やかに具現化している。また、桑田佳祐という人が、戦後民主主義を謳歌している証だとも思うのである。