近年もっとも注目を集めるフェミニズム批評の旗手・北村紗衣さんが新著『お嬢さんと嘘と男たちのデス・ロード』を上梓した。性別による「らしさ」のイメージからマンスプレイニングまで、日本を覆うさまざまな社会的「檻」について語った。

北村紗衣さん

ジェンダー意識の偏りは日常においても「足かせ」

――日本人のジェンダー意識がつくりだしている様々な束縛をどうご覧になっていますか?

北村 「男らしさ」にしろ「女らしさ」にしろ、文化圏や時代によって「らしさ」のイメージはかなり異なります。日本で「男らしい」とされることが他の地域では男らしくないとされたり、逆もまたしかりです。私たちの多くが食事を食べるときに「いただきます」という習慣をもの心つく頃から身につけるとの同じような感じで、それぞれの生育環境で、ジェンダーによる「らしさ」のバイアスが刷り込まれています。

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 たとえば、男はあまり感情を見せない、人前で泣いたりするものではないといったイメージは日本にも英語圏にもわりと広くあるものですが、日本ではそれだけではなく、夫は家のことには口を出さない、家のことは妻に任せきりにするのが男らしいという感覚が根強くあると思います。

 一方で家のことは細かく把握して家政を管理するのが優秀な夫とされる文化圏もあるし、男女の家事分担のあり方も文化圏によって異なります。家事を妻にまかせきりにした結果、妻が病気になったときに途方に暮れてしまったりして、当人の生活力そのものが奪われてしまうことがあります。それは日常生活においても生きるうえでも、足かせになっています。

「自由にのびのび」育てるだけでは…

――「らしさ」のバイアスがじつは当人の能力を阻害してしまうという視点は興味深いですね。

北村 家事を人任せでほったらかしにしてしまう例でいえば、自分自身をケアする意識の乏しさと密接につながってくるように思います。自分にとって居心地のよい空間をつくったり、身体が喜ぶものを食べていたわる能力は、掃除や食事づくりといった幼少からの生活習慣ではぐくまれる部分も大きいですから。これには階級格差や経済格差も大きくかかわってきますが、ジェンダーの格差もあると思います。