昭和33(1958)年4月、売春防止法が完全施行され全国から遊郭が消えた。
娼妓たちが去ったあと残った建物はどうなったのか。その一部は転業旅館として営業を続けており、数こそわずかであるが、今でも泊まることができるものもあるのだ。
しかし、そうした旅館は築年数の経過による劣化や、オーナーの高齢化などを理由に維持管理が大変難しく、往時の姿や雰囲気を残すだけでも並々ならぬ努力が必要。
それだけに、遊郭跡の旅館からは、長年営業を続けてきた文化財級の風格と、歴史の生き証人のような矜持を感じられる。
佐渡島にある唯一泊まれる遊郭跡へ
夏の連休を目前にし、ふと佐渡金山に行ってみたいと思い立った私は佐渡島への旅程を立てていた。宿泊先の候補を調べると、佐渡島にある唯一泊まれる遊郭跡、金沢屋旅館を発見。「ここしかない!」とすぐさま宿を予約した。
新潟駅からバスに乗り、新潟港まで20分。佐渡汽船のりばからカーフェリーに乗って現地へ向かう。
乗り慣れない船旅は非日常感が高まり、車や電車で行く旅とは違った高揚感がある。佐渡島まで2時間半。汽笛を鳴らし、港を出ると、のんびりデッキでくつろぐ暇もなく、限定グルメを楽しみ、ホテルのような船内をうろつくのに忙しい。
デッキに出ると港にいたウミネコが船と並んでついてくるではないか。いつしかウミネコが船を先導しているかのように追い越し、進む先には島が見えてきた。
あれが佐渡島か…! 島がよく見える方へと、私は急いで駆け寄った。
先に見える改札では帰省客を出迎える人々が嬉しそうな顔をして待っている。私のことも誰かが待っているのでは? と、いるはずもない誰かを探しながらターミナルを出た。
目的の宿は両津港から歩いて10分ほど。だいたいの方角を目指して歩いていると、見えてきた瞬間その威厳ある存在感で「あれだ」とすぐにわかった。
明治に建てられた元遊郭である金沢屋旅館は築120年以上経っているが、傷んだり崩れたりすることなく、貫禄のある佇まい。長年大切にされてきている証拠だ。外観だけでも遊郭時代の面影を残し、入る前から館内が楽しみである。
大きなガラス扉をガラリと開けると、玄関に掲げられた立派な看板が目に入る。