個人の価値観を押し付ける“俺理論”の恐怖
選手の心を苛むSNSの誹謗中傷――。今回、「クローズアップ現代」では、ネット上の情報拡散について研究している国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授と研究チームの協力のもと、東京オリンピックと北京オリンピックの大会期間中のツイートおよそ20万件を分析し、その実態を調査した。
すると、その結果は想像以上のものだった。
選手に対する誹謗中傷や批判は推計で2200件にのぼり、多いケースではたったひとりの選手に対して379件もの投稿があったことも明らかになった。
そして、最も大きな発見だったのは山口准教授が“俺理論”と名付けた投稿の多さだった。
“俺理論”とは、簡単に言えば「個人の価値観の押し付け」ということだ。「練習不足、五輪は甘くない」というものや「多くの税金を使っているんだ。(結果が出なかったならば)謝罪すべきでは?」といった責任を追及するようなものも見受けられた。山口准教授の分析によると、アスリートへの批判投稿の全体の6割がこの“俺理論”にあたるという。
「『アスリートは化粧するべきではない』『あの監督の、あの采配はああすべきだった』など、俺の中ではこういう決まりがある、こうであるべきだという個人の価値観の強要。これを私は『俺理論』と呼んでいます」
「悪意がない発言」が誹謗中傷の実態
そして、山口准教授は“俺理論”の問題の根深さに、危機感を抱いていた。
「投稿している本人には悪意がないんです。だから『自分は正しいことを言っている』と思っている。それこそが誹謗中傷の実態です。『自分が正しい』と思っているからこそ厄介なんです。でも人間の争いって全部そうですよね。やはり正義を振りかざすとき、人は最も攻撃的になる」
かつてならば、居酒屋でプロ野球中継を見ながら仲間内で「こうすべき」「ああすべき」という采配への語らいに留まっていたのかもしれない。それがSNSを通じて、本人に直接届けることが可能になり、正義感を伴った思想は正当な批判の域を越え、より先鋭化していく。
「アスリートは品行方正・清廉潔白であるべき」
「競技に専念すべき。他のことに目を向けるべきではない」
それぞれが理想のアスリート像を持つのは自由だが、その偶像を押し付け、あてはまらなければ攻撃することは許されることではない。こうした風潮が、アスリートの心を苦しめる大きな要因となっているように感じた。