「自分なんか死んでしまったらいいのにと思うこともすごく強くあった」
「人前に出るとばーっと汗をかくとか、めまいがする。飛び降りたら楽になるのかなと考えた」
みずから命を絶つことがリアルな選択肢として浮かび、日常生活もままならなくなるような、ぎりぎりの状況。切迫した心の内面を打ち明けてくれたのは、オリンピックで華々しい活躍をおさめた誰もが知るトップアスリートたちだった。
5月2日に放送されたクローズアップ現代「“アスリート 心のSOS” トップ選手に何が?」では、心の不調に苦しめられたアスリートたちが本音を打ち明けたことで、大きな反響を呼んだ。困難を乗り越えて戦うアスリートたちは、身も心も“強い存在”だと考える人が少なくないからだろう。
ただ、東京オリンピックの金メダル候補だった体操のシモーネ・バイルズ選手がメンタルヘルスの問題を理由に競技を棄権したり、テニスの大坂なおみ選手が心の不調を訴えるなど、いま、アスリートにはこれまでになかったような“異変”が起きている。
海外の研究では、トップアスリートのおよそ34%が、不安や抑うつ症状を抱えているとも報告されている。
一体、何がアスリートたちの心を追い詰めているのだろうか。ディレクターとして特集の取材にあたった御巫清英さんが見た、現代アスリートの心のリアルとは?(#2を読む)
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「ストレスの多様化」によって許容量を超えてしまう
取材を始めた頃、私は「なぜ“いま”アスリートのメンタル問題が浮上したのか?」という疑問について考えていた。
アスリートたちが強いプレッシャーにさらされ、精神的にも厳しい局面に向き合う立場だということはいまに始まった話ではない。ある意味、“宿命”ともいえる。
一方で、アスリートを取り巻く“空気感”の変化のようなものもうっすらとは感じていた。その正体は何なのか。選手やサポートするスタッフなどに取材を重ねる中で、アスリートのメンタルヘルスに詳しい、ある研究者から重要なことを教わった。
心の不調が起きるときというのは、たとえて言うならコップから水があふれるようなことだという。コップにはいろいろな蛇口からストレスという名の水が注がれていて、蛇口の数だけストレスの原因があることになる。
アスリートの場合、「メンバー争い」「大きな大会前の重圧」「ケガの回復具合」といった競技に直接関係することもあれば、「恋人との関係」「子どもの教育」など競技とは関係のないものも当然存在する。近年のスポーツ界の心の問題は、この蛇口が多様化したことによるものではないか、という考え方だった。