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何がアスリートの心を傷つけるのか?

 元競泳日本代表の萩野公介さんも、周囲から押し付けられたアスリート像に苦しんだひとりだ。

 私たちの取材に対して、他に苦しんでいる人の助けになればと、心の内を明かしてくれた。

 2016年に開催されたリオ五輪で、萩野さんは400m個人メドレーで金メダルを獲得した。競泳で最も過酷といわれるこの種目を日本人が制したのは史上初。「とんでもないスターが誕生した」と、あの力泳を目にした人たちの多くが思ったのではないだろうか。

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萩野さんはリオ五輪の400m個人メドレーで金メダルを獲得 ©️AFLO

 ただ、萩野さん本人は複雑な思いを抱き始めていた。

「僕自身は正直、あまり争い事を好まないような性格なんです。(競泳では)『隣のレーンのやつには絶対に勝とう』とか『他人を蹴落としてでも自分が絶対に1番になってやるんだ』とか、そういう気持ちがあるほうが圧倒的有利。だけど、僕自身の性格はそういう部分をあまり持ち合わせていない。自分の持っている性格と、競技から求められる方向性というものの不一致が、すごくつらいなと思うときが多々あって」

 しかし、こうした本音が公の場で語られることはなかった。

レスリングの伊調馨さん、体操の内村航平さんらとリオ五輪後のパレードに参加する萩野さん ©️文藝春秋

 むしろ、日本人で初めての偉業を成し遂げた萩野さんは「天才」と称され、次なる自国開催のオリンピックでの活躍を期待する声が止まなかった。

 ただ、リオ五輪後に行った右肘の手術などの影響もあり、記録は低迷する。

 東京オリンピックを翌年に控えた2019年2月。大会で記録した400m個人メドレーのタイムは、自己ベストを17秒も下回った。その直後、萩野さんは無期限の休養に入った。(#2へ続く)