5月2日に放送されたNHKクローズアップ現代では、「“アスリート 心のSOS” トップ選手に何が?」と題し、心の不調に苦しめられたアスリートたちの本音に迫った。
みずから命を絶つことさえリアルな選択肢として浮かび、日常生活もままならなくなるような、ぎりぎりの状況。その裏には、困難を乗り越えて戦うアスリートたちは、身も心も“強い存在”だと考える人が少なくないという現実がある。
一方で、東京オリンピックの金メダル候補だった体操のシモーネ・バイルズ選手がメンタルヘルスの問題を理由に競技を棄権したり、テニスの大坂なおみ選手が心の不調を訴えるなど、いま、アスリートにはこれまでになかったような“異変”も起きている。
海外の研究では、トップアスリートのおよそ34%が、不安や抑うつ症状を抱えているとも報告されている。2016年のリオ五輪で競泳400m個人メドレーの金メダリストとなった萩野公介さんも、そんな心の不調を感じたひとりだった。
一体、何がアスリートたちの心を追い詰めているのだろうか。ディレクターとして特集の取材にあたった御巫清英さんが見た、現代アスリートの心のリアルとは?(#1から続く)
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理想は抱くけれど…「本当の自分じゃない自分にはなれない」
「よくメディアでは“天才・萩野公介”と言われていたんですよ。一般の方はそれを見たら、『萩野公介は天才なんだ』と思いますよね。何も今まで苦労をしてこなかったんだ。泳いだら自己ベスト。泳いだら大会記録。泳いだら日本記録が出て、世界大会でメダルが取れる。『だって、天才だもんね』と思うわけなんですよ。
だけど、僕からしてみたら、それは僕じゃないんですよ。僕も『そうなれたらいいな』と思ったことは何回もありました。でも、結局『そういうふうになれたらいいな』っていう理想の自分にはなれないんですよ。本当の自分じゃない自分にはなれない」
カメラを向けた萩野さんからは、感情のこもった言葉が止めどなく溢れてきた。
きっと、何度も何度も自分の中で考え続けてきたことなのだろう。その勢いに圧倒された。同時に、メディアとしての責任も重く受け止めなければいけないと感じた。
周囲が抱く萩野公介像と、本当の萩野公介の姿。その不一致が、心を追い詰めていったのだ。
「自分なんか死んでしまったらいいのに」と…
「練習場に行かなきゃいけないとわかっているけど、とてもじゃないけど足が止まっちゃって動かない…みたいなことも何度もありました。なんにもご飯が食べられなくなったり、部屋から出られなくなったり、しょっちゅうでした。そういうふうな心の状態を、うつ症状と言うのかもしれない」
萩野さんは、1時間半のインタビューの中で最も深く息をついたあと、こう続けた。
「自分で自分のことをなかなか好きになってあげられなかったり、自分なんか死んでしまったらいいのに…みたいに思うこともありました」