「相談すること」は「逃げること」ではない
日本スポーツ界の「弱音を吐くな」という指導や風潮が、相談しづらい空気を生んでいる側面もある。プロアスリートだけでなく、スポーツに打ち込むすべての人たちに理解してほしい。相談するということは、決して逃げることではない。
取材中、心とストレスの構造をコップと水に例えて教えてくれた研究者に「コップから水が溢れないようにするには、たくさん水が出ている蛇口を探して閉じることですか?」と尋ねたことがある。
すると「それが理想かもしれないけど、蛇口は本当に人それぞれだから難しい。ひとつの方法として言えるのは、閉じられる蛇口から閉じていくこと」と教えてくれた。
根本的な解決には時間がかかるかもしれないが、相談できる相手がいて、辛いことや悩んでいることを口に出すことが出来るだけで、解消できる部分があるのかもしれない。
だが、日本のプロスポーツ界で、萩野さんが相談したようなメンタルの専門家がチームに専属で配置されているケースは、まだまだ少ない。
日本ラグビーフットボール選手会では、海外の先進事例を参考に、定期的な対話の環境づくりの模索が始まり、トライアルなどを通じて手法や効果の分析が行われている。
選手の心のケアは、目に見える形で競技の結果に直結するものではないことから後回しにされてしまうのかもしれない。だが、IOC=国際オリンピック委員会は選手の精神的な健康を守ることなどを掲げた宣言を2018年に採択するなど、世界のスポーツ界が直面する大きな課題となっている。日本でもアスリートたちの声を受け止めて、取り組みが進むことを期待したい。
「いろんなアスリートの姿」があっていい
そして、私たちマスコミもアスリートの伝え方を改めなければいけないと痛感した。
感動的なドラマやたくましい生き様だけを、求めるのではなく、もっと等身大の人間像を伝えなければいけない。
いろんなアスリートの姿があっていい。完璧じゃなくても、弱気でもいい。
“アスリート像の多様性”を発信することで、いろんな個性を持った人たちがのびのびと活躍できるような土台を作ることが、アスリートの心のSOSを聞いた取材者としての責任だと感じている。