トム・クルーズ出演作の日本語吹替えを数多く担当してきた声優・森川智之さん。今年6月に公開され話題を呼んだ『トップガン マーヴェリック』でも、トム・クルーズ演じる主人公、マーヴェリックの吹替えを担当している。
ここでは、森川さんが声優という仕事の本質について語った一冊『声優 声の職人』より一部を抜粋。スタンリー・キューブリック監督の『アイズ・ワイド・シャット』で初めてトム・クルーズの声を吹替えた際の体験、そして念願のトムとの対面について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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『アイズ ワイド シャット』の衝撃
カリスマ映画監督として知られているスタンリー・キューブリックの『アイズ ワイド シャット』は、トム・クルーズと当時妻だったニコール・キッドマンの出演している作品です。トム自ら、キューブリックの監督作品に出たいと嘆願して実現したそうです。結果的にこの作品がキューブリックの遺作となりました。
そして、全世界でキューブリックの映像作品をBOX化して販売しようというプロジェクトが始動しました。それにあたって『アイズ ワイド シャット』の吹替え版を録ろうという話が出てきたんです。実はキューブリックは日本語吹替え版を一切作ってきませんでした。それが、遺族の許可が出たことによって、初めて実現することになったのです。
実はこのとき、1年をかけたオーディションが秘密裏に、かつ大々的に行われていたそうです。そして、どうやら最後に受けたのが僕だったようで、光栄なことにそのまま合格をいただくことになりました。
しかし、受かったと思ったら面接があるというんです。これは初めての経験でした。こんなことはふつうありません。
面接会場には、日本側の制作会社のスタッフに加え、キューブリックの関係者もたくさん並んでいました。20年以上もキューブリックの右腕を務めてきたレオン・ヴィタリもそこにいました。『アイズ ワイド シャット』の助監督も務めていた彼が、各国語版の吹替えを作るプロジェクトのトップでした。