トム・クルーズを演じ続けて
架空の人物を演じるアニメとちがって、洋画の吹替えの場合は実際の役者が存在します。だから、同じ人を演じ続けるという経験はどこか独特なものがあります。たとえばその人の癖、口の開け方、仕草といったところをより理解していくほど、演技もリアルになっていく感覚があります。
これ以降、基本的にトムの吹替えは指名をいただき演じることになったんですが、どこか入りやすいんです。演じるにあたって思考しないといけないことは山ほどあるんですが、それがどこか心地よい。こういうふうに演じたいとか、このように考えているとか、何やら分かる気がする。
トムの作品の遍歴を見ていくと、この頃は二枚目の正統派というイメージを脱却したいのかなぁとか、もがいてるんだなぁといった、妙な感想を抱いてしまいます。他の人とはちがった独特な距離感があるのかもしれません。
といっても、トムの吹替えもすべてが指名というわけではありません。『宇宙戦争』という作品はオーディションでした。
この作品は、妻が出て行き、子どもとどう接していいか分からない駄目親父といった、今までトム・クルーズが演じてきた役柄とはちがったものでした。なのでオーディションをやるんだ、と。それもトムらしいこだわりだと思います。
でも、「森川さんもオーディション受けてください」とお声がかかったんです。それで受けてみたら、結果として僕に決まったんです。僕自身もトムのこだわりが分かるだけに、だったらこう演じてみようというのを考えて演じたのが、歩調があったのかもしれません。
トムと会ったことは一度しかないんです。2014年に『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のプロモーションのため、トムが来日したときです。
実はその前に、『ラスト サムライ』という作品で、渡辺謙さんと吹替えを収録したことがあるんです。謙さんも当時初めてハリウッドに進出した頃で、DVD化にあたって日本語版を作ろうという話になったときでした。謙さんも吹替えはあまり経験がないらしく、「いろいろ教えてください」と言うんです。僕からすると「世界の渡辺謙だ」という感じなのに。なんて謙虚な方だろうと感動した覚えがあります。