近年、コロナ禍のなかで中国のジャーナリズム界の大物が日本に移り住んだ。その名は王志安。かつてCCTV(中国中央電視台)で人気報道ドキュメンタリー番組の調査記者および解説員を務めていた、中国では顔と名前が広く知られている人物だ。彼は学生時代に天安門事件のデモに参加した経歴を持ち、CCTVでも体制との距離感を保って、中国社会の闇をえぐるドキュメンタリー報道を手掛けてきた。

中国国営放送CCTVでニュース解説をおこなう、往年の王志安。中国のポータルサイト『新浪新聞』に転載された2009年10月23日「央視新聞頻道」より。

 国営放送の編集委員だった点では、日本で例えるならば池上彰クラスの知名度と影響力があった人物だ(仕事の方向性はちょっと違うが)。当然、池上彰が自民党や公明党やNHKの事情を知るのと同じく、王志安も中国の権力やプロパガンダメディアの表と裏を非常によく知っている。そういう人物が、いまや中国を見限って海外に脱出する時代なのである。

 彼は天安門事件から30年が経った2019年6月4日、673万もフォロワーがいた「微博」(中国のSNS)のアカウントを当局から突然閉鎖された。その後は日本に拠点を移し、2022年5月からYouTubeで中国語の時事解説動画の配信を開始。短期間のうちにチャンネル登録者が34.1万人(2022年9月10日現在)に達し、東京で数奇な第二の人生を歩んでいる。

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 私は今年8月上旬、『文藝春秋』10月号(9月9日発売)向けに彼にインタビューしている。だが、実はそれより2ヶ月前、別途に話を聞いていた。今回、『文春オンライン』上では、本誌とは別のインタビューについて掲載しておきたい(全2回の1回目/記事後編はこちら

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日本は逃亡先として選ばれやすい

──まずは日本で暮らすことになった経緯からお願いします。

:以前、外務省系の国際交流団体の招聘で来日して地方選挙を視察したことがあり、そのときの印象がよかった。なので、コロナ前はもともとよく日本に来ていたんです。自分の微博が閉鎖された(2019年6月4日)後、日本で会社を作ったりしながら日中間を往来していたらパンデミックが起こり、そのまま日本に住むことになりました。

快く取材に応じてくれた王志安。背後には中国の骨董品が。2022年6月7日、安田撮影。

──近年、体制に違和感を覚えた中国人が国外に脱出するプチブームが起きています。日本は中国との地理的・文化的な近さもあって、有力な脱出先らしいですが。

:他の先進国と比べてハードルが低いんです。現在、中国人(の中上流層)が海外に脱出する場合のいちばん簡単でメジャーな方法は投資移民になること。ただ、以前は100万ドルの投資でアメリカの投資移民ビザを得られたのですが、いまや各国で簡単ではありません。