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「人と自分を比べるなんてはしたない」って言葉を発する土壌が…晩年の樹木希林が語っていた“親の教育”への思いとは

「人と自分を比べるなんてはしたない」って言葉を発する土壌が…晩年の樹木希林が語っていた“親の教育”への思いとは

『9月1日 母からのバトン』より #1

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 でも、私はそれを恥ずかしいと思わなかった。これが私の人生の勝因だなと思うわけ。一等はノート2冊と鉛筆2本。すんごい貧しい賞品だけど、一等は一等だから、それをもらったとき、私はにんまり笑ったの。別にいいじゃない、と。それがのちのちまで頭に残ってる。

「人と自分を比べるなんてはしたない」

 私が恥ずかしいと思わなかったのは、親の教育だと思う。親が子どもに目を向けてる余裕がなかったから、子どもも恥ずかしいと思わないように育ったし、そんな時代だから私は生きられたんだと思うの。もし今のように目を向けられて、「これじゃダメ」「そうじゃない」と言われてたら、とっくの昔に私は卑屈になってたと思う。

 私は、「それは違うでしょ」って言われた記憶がないのよ。私が何か間違えたとしても、「それは違う」と言わずに、「たいしたもんだね、この子は」と言って笑ってる(笑)。友達の家に遊びに行ったときは、その頃やっと出始めたビニールを持って泊まりに行くわけ。おねしょするから。それぐらい平気なのよ。隠すとか、そういうことじゃないの。うちは毎朝毎朝、布団を干すし。

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 そうやって他人と比較して、卑屈になるようなことはなかったから、それはやっぱり、親がえらかったと思うのよ。

――私の祖母も「誰かと自分を比べるような、はしたないことはダメ」と言ってましたが、その一言は、不登校だった私を支えてくれました。

 日本の女の人って、昔はすごく優れてたと思うんです。お坊さんでもなんでもない、そこらにいるおばあさんでさえ、「人と自分を比べるなんてはしたない」って言葉を発する土壌があったのよ。

基本だけはちゃんとしとけば少々のことはいい

――樹木さんが親になられてからも「叱らない」というのは気をつけていましたか?

 まったく干渉しません。大事にしたのは食べることだけ。そこらで間に合わせるんじゃなくて、どんなにまずくてもご飯とみそ汁と、うちでつくって食べさせることだけはやってました。でもそれだけ。

――お孫さんがいらっしゃるんですよね?

 3人もいるんですよ。よく親のほうが鍛えられてます(笑)。

 娘にも言ってるのが、「そのうちちゃんと自分で挫折するよ」ってこと。周りはやきもきするけどね。「人を殺してなんで悪いの」とまではなっていないし、基本だけはちゃんとしとけば少々のことはいいのよ。あれもこれも親が手を出して、あとから「たいへんだったんだから」と言うよりは、本人に任せていくほうがいいの。

9月1日 母からのバトン

樹木希林 ,内田也哉子

ポプラ社

2022年8月10日 発売

「人と自分を比べるなんてはしたない」って言葉を発する土壌が…晩年の樹木希林が語っていた“親の教育”への思いとは

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