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「何これ、まずーい」認知症の母がグループホームの食事に文句を…試行錯誤の末、たどり着いた“意外な解決策”とは

『母さん、ごめん。2――50代独身男の介護奮闘記 グループホーム編』#1

2022/07/21
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鰻の味にはうるさい母 

 次にできるのが差し入れである。グループホームは集団生活なので、それなりの秩序というものがある。「ごはんがまずい」からといって、1日3食すべてを差し入れるというわけにはいかない。

 まず嗜好品の差し入れ。スタッフに預けると食事のときに適宜出してもらえる。少量ならお酒もOKである。母の場合は、海苔が好物だったので海苔、そして佃煮などを持って行くようにした。お酒はどうだろうか、とビールの180ml缶を差し入れたこともあるのだが、これは母が受け付けなかった。飲めない人ではないが、自分から喜んで飲むタイプでもなかったから、これは想定の内である。

 3つ目は食事全体の差し入れだ。前日までに申し込んでおくと、ホームの食事は止めてもらえる。そこに何か食事を持参すると、訪問者と入居者とが一緒に食事をすることができる。 

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 私は2~3カ月に1回、鰻折り詰めを持参するようにした。実家の墓のある寺の近くには、母お気に入りの鰻の名店がある。墓参りに行くたびに、そこで折り詰めを作ってもら い、そのまま夕食のタイミングに合わせてグループホームを訪問する。

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 折り詰めは母の分1つだけ。ホームの食事は止めず、私は母と向かい合って、母が食べる予定だったホームの食事を食べる。こうすると、日ごろ母がどんなものを食べているかを知ることもできる。

 これもなかなか難儀なことで、お店も臨時休業だったり、こっちがうっかりして休業日に墓参りに行ってしまったりということがある。そのために、別途セカンドオピニオン……ではないが、母が元気なころは「ここは2番目だね」と言っていた鰻のお店を確保してあり、そちらの折り詰めを調達する。が、これが母に見抜かれる。そして認知症で自制心が消失している母は情け容赦ない。

 2番目のお店の折り詰めを前に「何この鰻、おいしくない」と大声で詰められると、心底がっくりくる。一体何のために一日かけて墓参りに行き、鰻折り詰めを買ってきたのか。 

 墓参りはむしろついでであって、目的は日々「ごはんがまずい」という母になんとかしておいしいと感じる食事を食べさせるためだ。それなのに「まずーい」と言われるのだから 「二度と買ってこないぞ」という気分になる。

 それでも2~3カ月に1回だから、十分耐えられる。自宅介護の時はこれが毎日だったのだから。 

 これに加えて年に数回の家族との食事会などもあり、ホームの食事を食べるということを繰り返したおかげで、だんだん実情がわかってきた。 

調味料差し入れプランは断念、しかし

時々、私でも「おいしくないなあ」と思う食事に当たる。 

 母は認知症で自制が利かなくなっているだけではなかった。確かにおいしくないこともあるのだ。日々頑張っているスタッフの方々を前に言い切ってしまうのは大変に申し訳ないのだけれども、食事当番となったスタッフの腕前の差だ。事前に予想した通りである。

 そこで考えたのが、ホームに高級な醤油、味噌、みりんなどの調味料を差し入れするということだった。私の乏しい自炊経験からすると、良質の調味料は調理の腕をカバーする。 

 どんなに下手な腕前であっても調味料さえ良ければ、最悪の味付けは回避できる。

 が、このことをLINE経由でドイツ在住の妹に相談したら反対された。「そりゃ、そのときはそれでいいと思うよ。でも調味料っていつかは使い切っちゃうでしょ。使い切った時にまた差し入れするの? 同じもの買ってください、ってお願いするのは無理だよね。続かないことはやるべきじゃないと思うな」――まったくもってごもっとも。というわけで、高級調味料の差し入れというプランは放棄した。