認知症の高齢者が入居する施設「グループホーム」で起こる恋愛について想像できるだろうか。

 ノンフィクション作家で科学技術ジャーナリストの松浦晋也さんは、2017年1月に認知症を患った母をグループホームに入居させた。2年半の自宅介護の末、精神的に追い詰められた松浦さんが暴力沙汰を起こしたことがきっかけだった。

 ここでは、松浦さんの著書『母さん、ごめん。2』(日経BP)から一部を抜粋して紹介する。松浦さんの母親はグループホーム入居後に、同じく入居者である「Sさん」というおじいさんに恋をするが――。(全2回の2回目/前編を読む

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 Sさんの登場以来、母との面会は格段に楽になった。 

 もう母は「帰りたい」「私を家に戻せ」とは言わない。会えばすぐに「Sさんが、Sさんが」と、Sさんの話ばかりする。私はそれにうんうんとうなずいていればいい。

 母のいるグループホームでは、秋に年1回の家族会を開く。その場で私はSさんの息子さんに挨拶した。Sさん同様の実直そうな方だった。私はなんとなく気恥ずかしさを感じた。ひょっとしたら娘が結婚するときの親が感じる感情のようなものかもしれない。向こうも少々恥ずかしそうにしていた。そういうものなのだろう。

 母は完全に10代の少女に戻ってしまったかのようにうきうきとしている。うきうき気分は伝染し、こちらの気持ちも明るくする。「退屈だ」「ご飯がまずい」「家に帰りたい」という不平不満の雨あられを受け止めていた身としては、ありがたいとしか言いようがない。

 が、それがどこまでも続くものではないことも、私は知っている。若いふたりならば結婚して家庭を築くという未来が見えてくるが、共に認知症を抱える老人となれば、先にあるのは別離のみだ。 

 それがどちらかの退居なのか、死なのかはわからないが、別離の日が遠ければいい――もちろん「遠いほど、長い間自分は楽をできる」という私自身のエゴイズムもある。が、それ以上に浮き立って幸せそうな母の状態が長く続いてほしいという思いも強かった。

 しかし、そんなに長くは続かなかったのである。