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「AV女優には芸がない。芸能人じゃない」と社長に言われ…元AV女優・小室友里(46)が語る、90年代AV業界の“厳しかった現実”

小室友里さんインタビュー #1

2022/07/29

 1996年にデビューし、総売上枚数100万超を誇った元AV女優・小室友里(46)。 

 現在はセックスレスや男女のコミュニケーションを専門としたセクシャルアドバイザーとして講演などをするほか、タレント業も行っている。 

 そんな彼女に、グラビアからAVの世界へと移った経緯、その決心を後押しした事務所社長の言葉、現役時代のギャラ事情、引退まで本番での撮影を貫いた背景などについて、話を聞いた。(全3回の1回目/2回目を読む)

小室友里さん

◆ ◆ ◆

「AVで稼げる額はこれまでと違う。投資として捉えなさい」

ーー小室さんは、そもそもグラビアアイドルからAVへと転身されていますよね。転身の理由は、ギャラも大きかったと過去にお話されていましたが。 

小室友里(以下、小室) 19歳や20歳の頃は、「1日1万円も稼げれば、バラ色ハッピー」みたいな金銭感覚だったんですよ。 

 そんなときに脱ぎのないグラビアのお仕事をやってみたら、1日5000円いただいて「えっ、こんなにもらえるの?」っていう。さらにヌードの撮影をしたら、1日3万円いただけたんですよ。めちゃめちゃビックリして。 

 裸になるっていうリスクはあるにしろ、ちゃんとした大人の人たちと会話もできて、楽しくお仕事ができて。それで3万円というギャランティーの価値というのは、私にとっては破格でしたね。 

20代の頃の小室友里さん

 そういう中で、より大きな額のギャランティーをもらえるAV出演を提示されたという。 

ーー以前、AVに対しては抵抗感を抱いていたと取材に答えていましたが、人前で脱ぐのは納得できても、人前で性行為するのはためらいがあったということですか。 

小室 自分としては、まったくない話でした。自分事にはできないというか。 

ーーどこか違う世界の話みたいな。 

小室 ええ。まだ当時は、出演したAV作品が後世にわたって残ってしまう、といったところまでは考えていなかったですけど。 

 最も大きな抵抗感は、好きじゃない人と性行為をすることだったと思います。好きでもない人が相手なのが一番、その次がそれを撮影されること。まあ、両方とも同じくらい嫌だったかな。 

ーーそれを打ち破ったのが、所属されていた事務所社長の言葉の数々だったそうですね。「AVで稼げる額はこれまでと違う。ビジネスとして、未来への投資として捉えなさい。大きなお金を稼いで、こうしたいあれがしたいといずれ明確に見えた時に動くための資金として使うんだ」という。 

小室 背中を押された一言であったことは間違いないですね。まったく見えない世界へ飛び込むのには、十分なインパクトがある。いまにして思えば、いい年をした大人が19歳の女の子に対して発する言葉ではないとも思うんですけど(笑)。 

 

 グラビアモデルとして何十年先までやれるという感覚はなかったし、そもそもアルバイトの感覚でやっていましたから。そんななかで、はじめて“将来”という自分のビジョン、そこにある可能性を見せられたというか。将来やりたいことができたときに、お金が布石になるのかって。 

ーーAV出演うんぬんの前に、将来のことを考え、そこにはお金も必要だと気づいた。 

小室 たとえば、親から「あなた、将来は何になりたいの」って、夢を語らせられるシーンってあると思うんですけど。その答えに対して「お金も必要だよ」と言ってあげられる親って、そう多くないんじゃないかなって。 

 大抵は「これになりたい」「ああ頑張ってね」で終わって、それでお金を稼いでいくということを語る親は多くないと思うんです。その社長の一言って、将来、やりたいこと、お金っていう道筋が、私にとってはギュッと詰まっていた。 

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