夢枕 何を書けばいいんだろうということ。投句や句会でもない限り、誰かがお題をくれるわけじゃないんですよね。僕は普段、小説のことばかり考えているから、脳が小説の言葉で埋まってる。
長い文章を書く人の傾向は?
夏井 そうそう。初めて会ったときに聞いて驚いたのが、獏さんの中には小説のアイディアがたくさんあって、何か書いてくれと依頼があったら、「どれにする?」とメニューみたいに見せてやるんだ、という話。
夢枕 「これなら取材に何年かかる」「これなら今すぐ書き始められるかな」ってネタが無数にあるんです。だからこそ逆に、“物語作家脳”から“俳句脳”への切り替えが難しかった。
夏井 詩人もそうですけど、長い文章を書く人たちは、「自分の内側から何かを生み出さなくては」と考える人が多いみたいですね。でも、俳句のベクトルは外に向いていて、「自分の周りに何があるか」と外部を見る作業なんですよ。
夢枕 なるほど……!
夏井 「あの枝がくねくねしているな」とか「日が照っているのに雨が降ってる」とか、どうでもいいことを「俳句のタネ」としていっぱい貯めていく。自分の外側にある面白いものを見つける遊びなんです。
夢枕 その言葉、いただきました! 本当にその通りだなぁ。
〈飛ぶのは痛い飛ぶのは痛い蝶の羽〉
夏井 たとえば、「蝶々」。春の季語ですが、俳句を詠む人は蝶と遭遇したら、「面白いものが出現した!」と面白がれるわけです。それだけで何か素晴らしいものを見ている気持ちになる。詠まない人にとってはただの蝶でもね。で、私は蝶を見ていて何をしゃべっているかわかったことがあったの。
夢枕 え! 本当ですか?
夏井 急に自分が、目の前の蝶になってしまった。両脇には羽がついていて……。そして声が聞こえた。
〈飛ぶのは痛い飛ぶのは痛い蝶の羽〉「いまたしかにそう言ったな」と句帳に書き留めるわけです。これで一句できあがり。
夢枕 ほぉ。聞こえるんですね。
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夢枕獏さん、夏井いつきさんによる「”俳句脳”の鍛え方」の全文は、「文藝春秋」8月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
“俳句脳”の鍛え方