がん闘病中、俳句に支えられ、『仰天・俳句噺』(文藝春秋刊)を上梓したばかりの作家・夢枕獏さんと、その師である俳人・夏井いつきさんによる俳句対談を一部公開します。(「文藝春秋」2022年8月号より)
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「がんになってしまった」突然のメール
夢枕 ご無沙汰しています。少し前までまた入院していて……。直接お会いするのは2年ぶりくらいかな。
夏井 メールをいただいたときには本当に驚きましたよ。「がんになってしまった」と。
夢枕 昨年3月に悪性リンパ腫のステージⅢと診断されまして。抗がん剤の副作用もなかなか辛くて、それからはもう、釣りも遊びも原稿も、すべてキャンセルしなければいけなくなったんです。いくつかあった連載もお休みさせていただきました。
夏井 大変でしたね。寛解したと伺って本当にほっとしました。
夢枕 ありがとうございます。僕、入院中にベッドで俳句を作ってたんですよね。髪が抜けて、足腰も弱るし吐き気もひどくて長いものは書けなかったけど、俳句は作れた。それが心の支えになっていました。
「釣り好きのじいさんかと思った」
夏井 獏さん、昔から俳句はちょこちょこ詠んでらっしゃいましたよね?
夢枕 そうですね。15年ほど前だったか、仲のいい俳句好きの編集者に金子兜太さんの句を教えてもらったんです。〈おおかみに螢が一つ付いていた〉これにすっかり脳天をぶん殴られたような気持ちになって、作ってみたい、と激しく思いました。とはいえ、いざ始めても本業の小説もあるからうまく時間が作れない。で考えたのが、夏井さん憶えてるかな、実は3年くらい前にある雑誌に投句をしていたんです。ここで選んでもらえるまで毎月、俳句を作って投句しよう、と。結果的に1年かかってしまったけれど。
夏井 ああ、「忘竿翁」!
夢枕 そうです、その俳号が僕(笑)。夏井さんが選者でしたよね。本来なら、応募するには俳号のほかに本名や住所が必須なのだけど、小説家という肩書も何もかも取っ払って選んでほしくて、編集者に頼んで匿名で応募させてもらっていました。
夏井 そうそう、釣り好きのじいさんかと思った記憶が……(笑)。〈湯豆腐を虚数のような顔で喰う〉でしたね。憶えています。遡れば、そもそも初めてお会いしたのが俳句番組でしたよね。