公開当時の記事でよく紹介されたように、吉野耕平監督は『ハケンアニメ!』の前作、監督としてのデビュー作『水曜日が消えた』で中村倫也と仕事をともにしている。吉野監督にとって『水曜日が消えた』は初の長編作品としてかなり苦労した作品でもあり、その苦闘が『ハケンアニメ!』での新人監督・斎藤瞳の孤独と苦闘に重ねられてもいるのだが、一方の王子千晴のキャスティングも、「普段の中村倫也さんに近い」という吉野監督の指名で決定している。
「喧嘩をしたわけではありませんが、『俳優には俳優の生理がある』『意味がわからず演じることはできないので、何がしたいのかちゃんと説明してほしい』とストレートに言われたのを覚えています」と、俳優としての中村倫也は撮影の現場で時にはアイデアを出し、意見を言うこともあると、吉野監督が語っている。
そうしたクリエイティブな面も含めて、王子千晴役に中村倫也がふさわしいと判断したのだろう。そして映画を見れば、その判断は的確だったと思うしかない。中村倫也が王子千晴をよく表現しているのはもちろんのこと、作品そのものが「中村倫也とはどのような俳優であり、どんな芝居ができるのか」という鮮烈な名刺代わりになっている。
著書で明かしていた、意外なコンプレックス
中村倫也のエッセイ『THEやんごとなき雑談』は2018年11月号から2020年11月号まで、コロナ以前とコロナ以後を跨ぐ形で『ダ・ヴィンチ』に連載された文章だ。その執筆への悩み、編集者との関係は『ハケンアニメ!』での王子千晴と女性プロデューサーとの関係性、演技にも生きたと中村倫也は語っている。
そこに綴られているのは、インタビューや舞台挨拶で見せる彼の言葉と同じように、軽妙に洒脱に、時には自虐的に道化てみせながら、しかし本質的なことにさらりと触れていくスタイルの文章だ。
俳優として思うように評価されず悩み、荒んでいた二十代の思い出。駆け出しの時代に記者会見でコメントを求められ、たった一言のコメントを思いつけずに立ち尽くした苦い記憶。今の中村倫也、カメレオン俳優として演技力を高く評価され、当意即妙のトークを返す彼からは想像しにくい過去の劣等感が隠さずにエッセイの中で語られている。だがそうした弱さや劣等感と才能の二面性、王子千晴役で見せた天才肌と泥臭い努力の対比は、役者としての彼を魅力的に見せている。