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受賞作も「違和感ノート」からヒントを得た記述が

 この「違和感ノート」は心の整理に有用であるとともに、創作のタネにもなっている。

「そうですね、見返すといい刺激になって、そこからよく話を思いついたりします。すごく嫌なことがあっても、『忘れずノートに書こう、これが小説の素になるかもしれないし』と考えられるので精神的にもいいですね」

©杉山秀樹/文藝春秋

『おいしいごはんが食べられますように』にも、ノートを開いてヒントを得た記述が、そこかしこにあるという。

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 ただし今作の場合、一作が立ち上がる出発点は、ムカつきエピソードではなかった。まずもって書きたかったのはひとりの人物だった。

主眼は、インパクトのある芦川さんではなく、二谷

 作中で、キャラクターとして最もインパクトのあるのは、お菓子作りに精を出す「芦川さん」だろう。彼女が起点になったのかと思いきや、そうではない。転勤してきた男性社員・二谷を書くことが主眼だったという。

「二谷は『人並みにできていると、あるいは、人並み以上にできると思われていたい。みんなに』などと考えたりと、職場でよく思われたいという承認欲求がしっかりとあります。それは健全だと思います。会社勤めのわたしだって、職場ではできるほうだと思われたいですし、それが向上心につながってがんばれる人はいるはず。働くうえで普遍性のあるものを表現してみたいという気持ちが、どこかにあったのでしょうか」

 二谷がいなければ、芦川さんも生まれなかっただろうという。

(写真提供:日本文学振興会)

「二谷は会社でそこそこうまくやっているし、内心では芦川さんをみくびっているけれど、表立っては女性蔑視の発言なんてしなさそう。彼が誰かと付き合うとしたら、どんな女性だろう? そう発想するなかから、芦川さんが生まれてきました。二谷は正解しか選べない人間です。大学進学の際にも、本当は文学が好きで文学部に行きたいのに、就職にいいだろうと思って経済学部を選んだりするような。つねに人生がうまくいくであろう方向へ歩いていける。そんな彼が自分の将来を考えた場合、適齢で結婚して子どもをもうけて、自分は働き続けるのが正解だと判断するはず。そのとき妻には、手料理ができて気遣いができて……、と芦川さんのような人を選ぶだろうと考えていきました」

 二谷のことを書きたいというのが今作執筆の出発点だっただけあって、彼の考え方については克明に描写がなされる一方で、芦川さんについては何を考えているのか明かされず、謎と不穏さが醸成されていく。